
毛利輝元が築城し、福島氏、浅野氏と城主を変えながら広島藩の拠点となった城
※広島城天守は、老朽化などを理由に2026年3月に閉城しました。閉城後も天守の外観は引き続き鑑賞できます。
広島城は天正17年(1589)、中国地方の大半を領有していた毛利輝元によって水陸交通の便のよいこの地に築城が開始されました。
この時、石垣や堀、天守閣等の建物、城下町を含む大規模な工事が行われました。
毛利氏は関ヶ原合戦の後移封されますが、江戸時代には福島正則、浅野長晟以下浅野氏12代の居城となりました。
明治時代以降も天守閣やいくつかの建物は残されましたが、原爆によりすべての建物が全壊しました。
平成6年(1994年)には平櫓、多聞櫓、太鼓櫓が完成、本来の二の丸の姿がこれにより蘇りました。










