「ひとつだけ」の
自転車体験とチョコレート
「温故知新の非日常」
古きよき尾道の、新しさに触れる女子一人旅。
「温故知新の非日常」
古きよき尾道の、新しさに触れる女子一人旅。
「広島の、歴史あるお酒の都で、“本物“に酔ってきました」。アクセサリーブランドを立ち上げているカエデさんの投稿。なんとなく気になって、「保存」のボタンをタップしていた。スタイリストと並行してアクセサリーブランドを展開するカエデさんの活動を好きになり、アクセサリー購入の際、連絡を取ってから縁が始まった。
彼女は作り手さんだから、「美」がテーマのものづくりに興味を持って広島に行った。私の場合、なんだろう?
在宅勤務が増え、リモート会議の合間にキッチンに立って、地元から送られてきたうどんを茹でながら考えていた。私の地元、自然豊かで、伝統も適度にあって、実は、知られざる魅力に溢れたいい場所なんじゃないかな?って。昔はあんなに出たかったのに。どこでも仕事ができるようになってきた今だから気づく。あれ、もしかしたら私、「まちおこし」に興味がある?
地元を出る時も決断は早かった。うどんが茹で上がる間に色々と調べ、古さと新しさ、それぞれの魅力がそれぞれを高め合っているという尾道に、月末行くことを決めた。
決断⼒に加え、⾏動⼒の評価も⾼い私は、サクッと準備した荷物を⽚⼿に、少しの情報と直感で決めた「尾道」に到着した。
降り⽴ったレトロなホームからは想像がつかない、新しい駅舎。すぐ⽬の前に は海が広がり、造船所が⾒えた。
改札を出てすぐのお土産屋さんは、名産であるレモンのスイーツやドリンクの黄色一色で彩られている。「印象に残るには、こうでなくちゃダメだよね…」と一体感の生み出す強さを、仕事モードで感じ取っていた。
映画の舞台として有名であることは知っていたが、街の入り口からもう、セットのようだった。海に面したデッキに足を運ぶ。近づくにつれ潮の匂いを感じ、大きく伸びをして、胸いっぱいにその匂いを吸い込む。ゆっくりと動く渡船と造船所のクレーンが、時の流れを忘れさせ、足取りの速度を遅めてくれた。
今日のお目当てである、16人乗り自転車「イチロク」に乗るまでには、まだ時間がある。ゆっくりとした足取りで、あてもなく、駅前商店街の方へと歩いてみた。新しいレトロと、昔からのレトロ。そういうとおかしいけれど、それらが仲良く共存し、心地よい空気で歓迎してくれているように思えた。
アーケードの入り口に、女性の銅像があった。大正時代の女流作家、林芙美子だ。複雑な生い立ち、様々な職業を経験した後、ベストセラー「放浪記」を書いた人だ。生い立ちも時代も全く違うけれど、ものを書くことでコトを起こしていきたいと思う私は、この場所で出会えたことに、ただならぬ縁を感じてしまった。
瀬戸内しまなみ海道は、サイクリストの聖地らしい。レンタサイクル屋さんも数多くあるし、駅からここまでの道のりでも「自転車が趣味なんだろうな」という人をたくさん見かけた。
けれど、この商店街には日常の移動手段として自転車に乗る地元の方がたくさんいて、街⾃体が物語の舞台のようだった。スープの匂いを漂わせる開店前のラーメン屋さんや昔ながらのレコード屋さんの前を通って、思いつきで路地を曲がると、それだけで物語の一部になれた気がした。
アーケードから気まぐれに路地を曲がり、のどかな海沿いを少し歩いて、新たな⾃転⾞⽂化を尾道から発信しているというショップ「BETTER BICYCLES」のあるONOMICHI SHAREに到 着した。
ここで、16 人乗り自転車、「イチロク」に乗る。「毎日一つ、やったことがないことをやる」という行動指針に従った結果、普通のレンタサイクルではなくこちらを選んだ。この16人乗り自転車、公道を走ることができるのは、日本中で「ここだけ」だそう!
2階に上がり黒い鉄扉を開けると、デザイナーズアンティークの椅子が点在する空間が広がっていた。
そこではSHAREの名の通り、様々な人が心地よい空間をシェアしていた。どの人も、とってもセンス良く見える。おそらく尾道という街を選び、海が見える場所で働く、というライフスタイルそのものから滲み出ているのだろう。
「働くことと、遊ぶこと。どちらかを選ぶのではなく、どちらをも充実する空間をつくりたい」。ホームページでみたコンセプトが、しっかりと体現されている。行ったことはないけれど憧れる街、ポートランドもこんな感じなんだろうな…と思った。ほら、バーカウンターもあるし。
聞けば、市の施設だった倉庫をリノベーションした場所だそう。成り立ちも含め、もう、私の理想でしかない。
海と空を大きく切り取る窓の前を通り、奥の自転車関連のグッズが並ぶスペースに進むと、イチロクの担当者、馬場さんがお出迎えしてくれた。「こんにちは!」ご挨拶をする。「あれ?イチロク、イチロ…あ、馬場さん、野球のイチロー選手に、ちょっと似てる…?」ドキドキして言えなかったけど、心の中で、そう感じていた。
馬場さんが、パンフレットを片手に説明をしてくれる。
「イチロクは、ペダルを漕いで動かす人力車です。今日の『尾道今昔ツアー』は、本場フランス仕込みの製法で作られるクロワッサンと、440年前から続くお酢屋さんのお酢を使った特製ドリンク、両方を味わいながらサイクリングを楽しんでいただきます」。
観光客がなかなか足を踏み入れない尾道市街地の東側エリア、江戸時代から歴史を刻む歓楽街「新開(しんがい)」を散策した後、通常は一般公開されていない酢蔵の見学、というコースだそうだ。
説明を受け終えたら、イチロクとご対面。白いピカピカの車体に、茶色いレザー調のシート。ドリンクホルダーにカウンター!今日見学する尾道造酢さんのいちじく酢を使ったサイダーを片手に乗り込む。「バーに座って移動する感じですね」と馬場さん。でも、足を動かしているんだよね…?全く想像もできない感覚だ!公道を走る許可は、市の協力があって出来たそう。速さは時速8〜10kmと、思っていたより結構早そうで、期待が高まる。
シートベルトを締め、いよいよ街へと繰り出す。約45分の非日常の始まりだ。「漕ぎ出しが一番力が要りますからね!」ハンドルを握る馬場さんの声が、マイクを通して聞こえてくる。「いきますよ!」。
一緒になった人たちと「セーノ!」の声で漕ぎ出す。グン!
ガレージと海に挟まれた道を、イチロクはゆっくりと、力強く走り出し、モダンな市役所前を右手に眺めながら街へと出ていく。
「はい!急いで急いで!!いいねいいねー!」。青信号を曲がる際のアナウンスも軽快だ。ちなみに、馬場さんはハンドルを操作しブレーキをよきタイミングで踏む役割なので、ペダルは漕がない。それを指摘すると「僕の仕事は、みんなをからかうことですから」とマイクを通して笑う。こういったアトラクションは、マイクを預かる人の印象で、楽しさが大きく変わってくる。
馬場さんは元々アパレル関係で働いており、自転車は、大好きな趣味だったそう。運営会社が自転車の新事業を始めると聞きつけ、そのタイミングで尾道に移住してきたという。「好き」を仕事にしている人の笑顔は、生き生きしていて、とても素敵だ。
このイチロク、街の人にはようやく認知がされてきたとのことだけれど、観光客の人には、まだ珍しいらしく、「写真撮っていいかな!?」と、オジサマの集団に声をかけられた。
「はい!いい顔いい顔!苦しい顔はしないで!!」と馬場さん。海からの心地よい風も相まって自然と笑顔になり、手まで振ってしまった。緩やかな坂道を登り、250余年の歴史を受け継いだ料亭をリニューアルした「帆聲(はんせい)」や、江戸時代の豪商の別荘「爽籟軒(そうらいけん)庭園」を外から眺め、通り過ぎたところでひと休み。ちょうどお腹も空いてきた頃合いで、クロワッサン屋さんに向かうことに。
「しまなみ海道をサイクリングしたときに風景が印象的だった尾道で大好きなビールを造るのはどうだろう?」そんな思いで千葉から移住したご夫婦が、商店街の奥にひっそりと息づいていた1894年築の古蔵を、ビール醸造所に生まれ変わらせました。尾道近郊の食材を活かした、「メイドイン尾道」の出来立てビールを、街並みと一緒にぜひ味わってください。ICHIROKUビールツアーは、ここから出発します。カウンターもあり。
〒722-0045 尾道市久保1-2-24
https://onomichibeer.com/
眼鏡屋さん、床屋さんが並ぶ石畳の参道に、ヨーロッパの街角のような店頭が現れる。クロワッサン専門店「CASTLE ROCK」だ。
無骨な鉄の看板に刻まれた文字は「It’s Only CROISSANT(But I Like It)」。ローリングストーンズの曲名をもじったものですよ、と馬場さんが教えてくれた。手元のスマホで調べてみると、原題は「It’s Only Rock And Roll」で、「たかがロックンロール、でも、俺はそいつが好きなのさ」というようなニュアンスらしい。
立て看板にチョークで書かれたイラストや、キャッチコピーの一つ一つが、クロワッサンの形状からは想像もできないくらいに尖っている!メニュー名もそれぞれロックな遊び心に満ちていますよ、と馬場さん情報。尾道の特産品・名産品とコラボレーションしたパンの製造にも、力を入れているらしい。
いい香りのする店内に入る。切り盛りするご夫婦も、移住組だそうだ。
どうして尾道だったのかを聞くと、なんでも、尾道が舞台の映画「転校生」を見て「この街に住みたいね」と決めた、とのこと。名古屋から何度も足を運んでは尾道市の方に相談し、この場所にお店をオープンされた、と。
クロワッサンという大好きなものがあって、映画を見て、街に一目惚れをして。そこからの行動力たるや、まさにロックンロール!大ぶりなクロワッサンの外側はサクサクで、中はもっちり。「たかがクロワッサン」と看板に掲げた、その愛情表現にもニヤリとする。歯触りを楽しくしてくれる幾重もの層が、お二人の人生の積み重ねそのもののようで、味わいをより深いものにしてくれた。
続いては、普段は一般公開されていない「尾道造酢」の酢蔵見学だ。尾道造酢は、日本で現存するお酢メーカーの中で、最も古いと言われる醸造所だ。その歴史ある蔵内を見学しながら、造酢の歴史や醸造過程を学ぶことができる。 蔵を案内してくださるのは、取締役の田中丸さんだ。
四角い囲みに丸印。金色に輝くロゴが掲げられた蔵内に案内される。見上げると、立派な梁がある。440年以上もの歳月を肌で感じる。古くから港町として栄え、交易の中心だったという尾道。温暖な気候、良質な水、全国に流通できた北前船のおかげで、尾道のお酢は発展したという。「最上清酢」を誇る尾道造酢は、古くから「カクホシさん」と呼ばれ、親しまれてきたそうだ。
蔵の中は柔らかいお酢の香りに包まれていた。まずは酒粕の熟成。地元広島の誇る酒蔵「竹鶴」などの酒粕を使用しているという。
熟成させることによりアミノ酸が増え、色は濃く、味と香りは良くなるそうで、この酒粕は⾼級寿司などに使われる⾚酢の原料になっているそうだ。
続いて、仕込み液造り、酢酸発酵と順々にご案内いただく。ちょうどその日は、先ほど飲んだサイダーに使われていた「いちじく酢」を作っていた。
これは、水平式連続発酵方法という独自の発酵方法で、365日休むことなく人の手で、菌のお世話をしてあげなければいけないそうだ。「365日…」。休みたがりの私が呆気に取られそう口にすると、「はい。常に良い状態の菌を保つことで、まろやかで香り豊かなお酢が出来上がるんです」と、酢酸菌へ語りかけるように、田中丸さんが優しくつぶやいた。
⼈と菌の営みに思いを馳せながら、北前船の頃の酢甕(すがめ)と⾝⻑の 倍はありそうな巨⼤な酢甕を⾒学し、熟成タンク前に到着する。酢酸発酵 が終わったお酢を熟成する段階だ。
先ほど⾒学したいちじく酢だけでなく、柿、ぶどう、橙、他にもたくさん の広島県産の農作物を使⽤したお酢があるそうだ。酒粕もそうだけれど、未利用の物を引き取り、活用している。長きに渡る、地元との信頼関係の上に成り立つ歴史を、五感で味わうことができた。「ありがとうございました」。新しい文化を深い懐で受け入れる地元の誇りに感謝を伝え、イチロクへと戻った。
スナックや純喫茶が並ぶ、車一台通るのが、やっとの通りをONOMICHI SHAREに向けて戻る。古い街並みを走るオランダの自転車に乗りながら、サクサクのクロワッサンをかじり、いちじく酢のサイダーを飲みながら、思う。移住してきた人の熱意と、歴史を受け継ぐ人の誇り。かけ合わさることで、それぞれの魅力を高め合っている。
地元のルーツと自分の好きを、かけ合わせたら何ができるだろう?瀬戸内海の風景をバックに、そんなことをワクワク考えながら、イチロクと馬場さんに別れを告げ、ONOMICHI SHAREを後にした。
2022年3月にリニューアルオープンした、千光寺公園の新しい展望台。設計は、京都市京セラ美術館やルイ・ヴィトンの店舗など、国内外で数多くの建築物を手がける建築設計事務所「AS」 が行いました。特長は、全長約63mという陸橋のような展望デッキ。大きなカーブを描く展望デッキからの絶景はもちろん、螺旋階段からの景色もぜひ楽しんでみて。
〒722-0033 尾道市東土堂町20-2
尾道から対岸の向島に渡り、曲がりくねった道をいくつもいくと、ウシオチョコラトルにたどり着く。下調べで見たおしゃれなパッケージやグラフィックからは想像もできない施設。本当に、ここなのだろうか?
地元の学校を彷彿とさせるドアを開け階段を上がると、大小様々な絵画、アート、イベントのフライヤーが展示されている。まるでショップのようでもあり、クラブのようでもある。手作り感たっぷりの内装に、大音量で流れる音楽。光り輝く冷蔵庫、おしゃれな古着屋さんにいそうな個性的なスタッフさん。ラグやテーブル、家具も一つ一つが個性的だけれど、調和しあって、この空間を作り上げている。
ここは、移住者でもある3人の仲間で立ち上げたチョコレート工場だ。自ら海外に足を運びカカオ豆を仕入れ、カカオ豆と砂糖のみで「今現在この世に存在しない一枚を創り出したくて」始めたらしい。焙煎から成形、販売までを自分たちで一貫して行っているこだわりのチョコレートは、パッケージごとにデザイナーが違ったりと、見ているだけでも楽しい。
瀬戸内海の絶景を前に、併設されたカフェスペースで一息入れることにした。オリジナルシロップを牛乳で割ったカカオミルクにしよう。あと、小腹も減ったし…と、横のショーケースに思わず釘付けになる。
「ギャルズ…!?」。
最高な素材のみで元「ギャル」が作りました。とのキャッチコピー。ウシオのチョコレートと、地元産の生クリーム、バター、卵。古代小麦に、オーガニックのサトウキビ。その横にはアゲ↑アゲ↑と書いてある。これは頼まずにはいられない!チョコレートケーキ「ギャルズ」もお願いする。
すると、立ち上げメンバーの一人でもある栗本さんとお話ができた。工場長とはお互い移住者で同い年ということもあり、意気投合してウシオチョコラトルを始めたそうだ。
市が建物の利用方法を募集していた際、さまざまな出会いがあって、この場所になったという。「おいしさには真面目に、『面白い』を追求していきたいんです」と話す姿勢は、産地別で味を分ける商品構成、インテリアの隅々にまで息づいている。
「店内も現状復帰も踏まえた上で、拾ってきたものやアートを置いたり、できうる限り遊んでいます」。ほんとうに、姿勢が徹底していると感じた。音楽ユニットもやってらっしゃって「ラップの動画見ました!」とお伝えすると、照れていた。
にしても、どうしたらここまで面白い、と感じたままの要素を追求できるのか?出会いやご縁を引き寄せるコツ、そんなものありますか?と聞いたら、栗本さんは笑いながら、とても真面目に答えてくれた。「頭で考えているばかりだと、想像を超えることがないじゃないですか!まずは行動したらいいですよ」と。
スパイシーで甘い。カカオミルクと、最高の素材が集まっているギャルズの味と相まって、気分もアゲ↑アゲ↑に!
この何かできそうな、いや、何でもできちゃいそうな晴れ晴れとした気持ちを映すように、窓の外には瀬戸内海の空が広がっていた。
[左]グアテマラ オレンジのような酸味とコクが特徴的。ダイレクトトレードに成功したカカオ豆を使用 ¥864(税込)
[中央]カシューミルク カカオ豆、砂糖、カシューナッツで作ったヴィーガンミルクチョコ ¥1,080(税込)
[右]カシューホワイト カカオバター、砂糖、カシューナッツで作ったヴィーガンホワイトチョコ ¥1,296(税込)
※価格は2022年10月現在のものです。
私も、自分が育った街を、こんなふうにしてみたい!
今回、尾道の魅力に触れて一番感じたのは、それだった。
街が人を惹きつけ、人が魅力となり、さらに街に人を呼んでいる。
ここだけの魅力を活かした自転車、クロワッサン、お酢、チョコレート。
新しい魅力をもたらす人と、歴史を受け継ぐ人、それぞれが毎日対象と向き合って、今日も歴史ある土地の上に、魅力を積み重ねている。
私が向き合いたいものは、なんだろう?
まずは自分と向き合ったら、答えは一つだった。頼るは直感、私の特技である行動あるのみ、だ。
自ら足を動かしてみれば、知らなかった魅力と仲間に出会えるかもしれない。実家に置きっぱなしの自転車は、空気を入れないといけないな。尾道で感じた魅力を胸に、お守りのようなチョコレートを携えて、来月は地元に帰ってみようと思った。