オリーブガイドと学ぶ
オリーブづくしツアー
熟成も、フレッシュもいい非日常
瀬戸内の島でアグリツーリズモを楽しむ女性二人旅。
熟成も、フレッシュもいい非日常
瀬戸内の島でアグリツーリズモを楽しむ女性二人旅。
「広島での『はしご牡蠣』。名物の牡蠣料理食べ歩いて、結局何軒行ったかな。とにかく最高だったんですよ」。趣味は旅行と食べ歩き。仕事がハードであればあるほど、その快感は病みつきに。そんなライフスタイルが以前の私には合っていた。
「広島での『はしご牡蠣』。名物の牡蠣料理食べ歩いて、結局何軒行ったかな。とにかく最高だったんですよ」。趣味は旅行と食べ歩き。仕事がハードであればあるほど、その快感は病みつきに。そんなライフスタイルが以前の私には合っていた。
「で、大好きな『食』の分野にもっと携わりたくて独立するのね」。以前は受けるなんて考えもしなかったパーソナルトレーニング中、トレーナーのカズエさんが言う。「この仕事はやりがいあるけど、ずっと都会でやっていくか?と言われたら、私もちょっと考えちゃうな」。さらに一呼吸置いて「その点、きのえ温泉があった広島の大崎上島はすごく魅力的で、考えさせられたわね」。と、うっとり語った。
「瀬戸内海の島、いいですよね〜。魅力的な生産者さんがいるって聞くし。あ!いいこと思いついた。カズエさんには色々フリーランスの心得を聞きたいし、有給消化できるし、島、一緒にいきませんか?」。外食は主に自炊に、夜型は朝型に変わったが、この性格は変わらない。むしろ、健康的な生活をするようになって拍車がかかったように思う。「広島、おかわりしちゃいましょう!」。そうして私たちは再び広島の、今度は江田島に向かうことになった。
JR広島駅に到着。「まったくトミコちゃんも強引よね〜」。半ばあきれ気味のカズエさんに「天気も良くて、島日和ですねえ」と、にやけながら答える。プランは全て、言い出しっぺの私が立てた。「でも、また別の島に行けるのは楽しみだわ」。自然の中で体を動かすことは、カズエさんにとっても良い体験のはずだ。
まずはレンタカーをピックアップして、広島の海の玄関口である広島港宇品(うじな)旅客ターミナルへと向かう。ここは路面を走る広電の「広島港」駅が目の前にあるため市内へのアクセスも便利で、宮島、江田島、呉などの各方面に向かう高速船やフェリー、瀬戸内の島々を巡るクルーザー「SEA SPICA」(シースピカ)などの発着が行われている。2度目ともなると、私のリサーチも入念だ。
広島駅から運転すること30分ほどでターミナルに到着。乗船用に整備された駐車レーンに車を停める。これから瀬戸内シーラインで江田島の三高(みたか)港へ、40分ほどの船旅だ。
海の向こうから、堂々とした姿で入ってきたフェリーに車を入れたら階段で客席へ。クラシックな船内は、ずっと地元の人の生活を支えてきた歴史を感じさせる。デッキに出ると沖に何艘も、様々な形のフェリーがそれぞれの航路を進んでいるのが見える。その奥に広がるのは緑の島々。瀬戸内海が誇る「多島美(たとうび)」だ。汽船独特のエンジン音と揺れ、それに海からの風が心地よく、短い時間ではあったけれど、旅情を感じることができた。
三高港に到着後、集合場所である中町港に車で向かう。移動中、牡蠣の産卵用のホタテ貝が干してある。「あの貝に産卵させて、筏に吊るして養殖するんですよ」。ガイド気分でアナウンスすると、カズエさんが驚く。食の知識があると、景色の楽しみ方まで豊かになる。
中町港に到着後、現地係員の方の指示にしたがって貸切バスに乗って「オリーブラボ江田島」に向かう。今日ガイドを務めてくださる生産者さんは移住者だという。きっと、この優しく穏やかな風土に惚れ込んできたのだろう。
程なくして、「オリーブラボ江田島」に到着。もともと給食センターだった施設を活用しているそうで、「ラボ」というには相応しい雰囲気だ。ここで、オリーブガイドであり生産者の「瀬戸内いとなみ舎」、峰尾さんとごあいさつを交わす。「こんにちは!初めまして、峰尾です。このツアーではみなさんにオリーブの研究員となっていただき、オリーブについてたくさん学んでいただきます」。
峰尾さんは2016年に神奈川県から移住し、江田島市の地域おこし協力隊として着任した。その後、小豆島のオリーブ農園で栽培と加工を学んでは島の栽培者さんに共有する事を続け、協力隊を卒業後「瀬戸内いとなみ舎合同会社」を起業された方だ。
「もともと農業をしたいという気持ちはあったんです。瀬戸内海には旅行で来たときにドライブをしていて一目惚れしました」。確かに、その力が瀬戸内海にはあると思う。「その後、江田島が島をあげて『オリーブの島』を目指す取り組みをしていることを知って、すごく夢があるプロジェクトだなって応募したんですね。初めて江田島に来たのは面接の時です」。「面接の時が初めて!」。生き生きと幸せそうに話してくれる峰尾さんを見ていると、その判断は確実に正しかったのだろうと思った。
「では、畑へと向かいましょう!」。峰尾さんの軽トラックに先導され畑へと到着する。目の前いっぱいに広がる青空と海。こんな環境の中で育つオリーブは、一体どんな味がするのだろう。脚立を使って畑へと降りていく。「では、さっそく最初の農園体験です。まず一粒、試しに取ってみてください。緑でも黒でも」。袋を渡され、肩からかける。さくらんぼのような軸は取れたら取ったほうがいいが「いちいちやっていたらみなさん泊まりになってしまいますよ」とのことで、まずは気にせず。一粒とってまじまじと眺めた後は、「落とすように」というコツを守って、二人で無心になって落としていく。
「顔上げると、いつでも瀬戸内海が見えるって最高ですよね!」。手慣れた動作で収穫を進める峰尾さんが言う。毎日通う自分の職場をそんなふうに言えるって、なんて豊かなことだろう。顔を上げると、本当に最高の景色が広がっていた。
「今、収穫を初めて2週間ぐらいなんですけど、9月の終わりから大体2ヶ月ぐらいずっと、ほぼ毎日やるんですよ。なので、結構根気が必要です。 やった!収穫だ!と思うのは、ほんと最初の3粒ぐらいで(笑)」。そう言って場を和ませる峰尾さんは本当に幸せそうだった。作業は、島のパートの方たちや、私たちのような体験の方と一緒にやられていて、3月にはオリーブの植樹体験も行っているそうだ。
一通り収穫体験をした後は、「違いの分かる大人になりましょう!」と、イタリアまで行って、オリーブオイル鑑定士の資格を取ってきた峰尾さんに、緑と黒の実の違いや「エクストラバージン」の定義を教わる。絵本「はらぺこあおむし」のように手に並べて。続いて実際に指で実を潰し果汁を出してみて、オイルになる量と、1粒がいくらの値段になるかを知る。一粒一粒に想いと重みがあるのだ。
また、どういう味を作りたいかによって、いつ収穫するか、どの品種を植えるか、を決めるのだという。生産者さんの顔を見て、苦労や想いを知るからこそ分かる価値。違いの分かる大人への第一歩を踏み出せた気がした。
「去年は、体験に来たみなさんと一緒に収穫して作ったオイルが、ニューヨークの賞(ニューヨーク国際オリーブオイルコンペティション2024)で金賞を獲ったんですよ。島の生産者の方にも、『峰尾くんとこのオイルは、うちで収穫したオリーブも入ってるんよ』って自慢してもらえて」。
そうか。峰尾さんは体験を通して、オリーブの、江田島の、ファンを生み出しているんだ。まずは身近な人から、ファンの輪がじわじわ大きくなっていくイメージ。そんなファン作りのお手伝いができたらどんなに素晴らしいだろう。自分がやりたい「食」への貢献のヒントが得られた気がした。
「ではそろそろ、お昼にしましょう!」。畑の中にキャンピングチェアを並べてのランチタイム。お弁当も、島にあるいろいろなお店に順番でお願いしているそうで、素敵な取り組みだと思った。「ほんっと景色いいな〜!」。峰尾さんの心からの声を聞きながら食べるお弁当は、どんな外食よりも贅沢に感じた。
「では、午後は搾油の体験をしましょう!」。そう告げてから車に乗り込み先導してくれる峰尾さん。暖かな光を浴びながら軽トラックが走る瀬戸内海は、映画のワンシーンのようだった。
程なくして「瀬戸内いとなみ舎(オリーブラボ江田島)」に戻ってきた。ここではイタリアから取り寄せた搾油機(さくゆき)に収穫した実を投入し、オリーブオイルを搾油する様子を見学することができる。その上、オイルをテイスティングして知識を深めることができるのだ。
まずは収穫してきた実の計量から。この量からどれだけのオイルができるか。質量に触れて、オイルになる割合を聞くからこそ価格にも納得がいくし、無闇に安いものを求めようという気持ちがなくなる。
続いて搾油機のある部屋に移動するため、キャップをかぶって、靴を履き替える。
銀色に輝く、いかにもイタリアらしいデザインの遠心分離機が部屋の真ん中に鎮座していた。「割といい車が買えるくらいの金額ですね」と峰尾さん。これでオリーブの実をペースト状にしてゆっくり練って、油分を出していくのだそうだ。「では、実を入れていきましょう」。機械の上部から実を転がしていれる。あの畑で瀬戸内の光と風を受けて育ったオリーブ。2時間ほどの収穫体験にも関わらず、たまらなく愛おしく見える。
「美味しいオイルにするための大事な工程ですので、ぜひお願いします」と言って粉砕機と練り機のスイッチをONにするよう促される。機械が動き始めると、かなり大きな音が鳴り始め、身が潰れるとフレッシュな香りが部屋に満ちていった。
搾油には1時間くらいかかるとのことで、その間にテイスティングができる。先ほどの部屋に戻ると、準備がされていた。
「まずはお茶をどうぞ」と出していただいたのはオリーブ茶。「かすかに蜂蜜っぽい甘味がしますね」。オリーブの葉にもポリフェノールやビタミン成分があり、じっくり低温乾燥させただけなのでフレッシュな味わいがする。
次にAとBと書かれたオイルが出され、テイスティングのお作法を教わる。手で蓋をして、温めながら回して、空気と共に口に含んで…ピリっとする!
「では、この匂いを『まるで何々みたい』と表現してみましょう!」。大喜利大会の始まりだ。「これはもう、みなさんそれぞれに何十年間かの鼻の記憶があると思います。ラボは楽しく研究する、がテーマなので、正解不正解より、それぞれの答えを楽しんでいきましょう!」というので、参加者は思い思いに感じたことを表現していく。
うり、青いバナナ、草、わかめ、トマトのヘタ…たくさんの例が挙がる。青々しさにスパイシーさ。 温めて、空気を含ませるとどうか?甘さ、苦さ、辛さのどれが一番の特徴か?句会に出たことはないけれど、こんな趣があるのかもしれない。
「時間差で味わいが変わるような…」カズエさんが発言すると、「素晴らしいです!」と峰尾さん。「オリーブオイルの評価の基準の中で1つ、すごく大事なのは、バランスと複雑性なんですね。例えばバランスのいい味だねっていうと、日本では割とスッキリしてる感じに思いますよね。でも、オリーブオイルの世界では実はそうではなくて、いろんな味がする方がバランスがいいと言われるんです。1秒後は甘い、3秒後は苦い、5秒後は辛い、みたいに。複雑性がある方が実は評価が高いんですね。いろんな味がする方が何か豊かだっていうのは、人生にも通じると思ってます」。なんだろう。オリーブの話なのに自分に置き換えてグッときてしまう。
AとB、どちらが峰尾さんの作ったもので市販品か。どちらが好きかから当ててみるのはスリルがあったし、頭だけでなく舌でしっかり勉強ができた。
その後、搾りたてのオイルも加えて食材と合わせてのテイスティング。
パンにトマト、しらす、生ハム、オリーブ、チーズ。ああ、今すぐにワインを飲みたくなるラインナップだ。
テイスティングしてみると、搾りたては香りが強く余韻が長い。まずはフレッシュなトマトで「甘いですか?苦いですか?」。感じたことを言葉にする。「ストロングなものは、辛み大根や黒コショウのように、薬味にもなります」。なるほど!鯛のような甘く上品なお魚にはマイルドなものを。焼き魚のような焦げの苦味があるものにストロングをかけると、苦味が旨味に変わる、と。
「いいオイルというのは、食材を味変するんです。甘さを伸ばし、苦味を活かす。だから、それこそお醤油のように、調味料として使ってもらえたらと思います」。
生産者さんから知識を授けていただき、半日だけだとしても一緒に苦楽を共にする。それだけでこれほどまでに味わいが変わるのか、と驚いた。「アグリツーリズモ、最高でした」。すっかり江田島のオリーブと峰尾さんのファンになった。
今日の搾りたてのオイルもお土産でいただく。比べたくてなって別のものも買った。あと、朝から晩まで飲めるのでオリーブ茶も一緒に。そして、峰尾さんとスタッフのみなさんに、今日のお礼を伝える。「どうもありがとうございました!」「ぜひ、オイルも楽しんでみてください。食べて楽しいのが一番いいです!」。
そう、今日の体験と一緒。間違いなんてなくて、楽しむことだけが唯一の正解だし、人生もオイルと一緒。複雑な方が味わい深いし、味変してなんぼだろう。
「オリーブラボ江田島のインスタ、フォローさせてもらいますね!」これでいつでも購入できる。「島に来ちゃえばいつでも買えるよ?」。隣の席で、カズエさんが興奮気味の私をからかった。
オリーブラボを出てバスで中町港に戻る。停めていたレンタカーに乗り換えて15分ほど海沿いの道を行くと、そびえ立つ壁が現れた。瀬戸内海の景色を眺めながらのカフェタイムに選んだのは「ハジマリノテラス」だ。「ほら、私たちにぴったりな名前だと思って」。ここではカフェメニュー以外にも、牡蠣・エビ・サザエ、そして海鮮丼など海の幸のメニューが揃う。「最初は海鮮の加工場をつくろうとしていたらしいんだけど、あまりにロケーションが良くて、景色を楽しんでもらえる要素も加えようってテイクアウトカフェも一緒につくったんだって」。培ってきたリサーチ力をここぞとばかりに発揮する。
たくさんあるメニューから島のレモンを使ったドリンクを選んだ。階段を上がると、違った目線から瀬戸内海を楽しむことができる。レモンの甘酸っぱさは、100年時代の半ばを過ぎようが、フレッシュでいていいと言ってくれているようだった。 階段を下り、たくさんの魚や海の生き物が描かれたカラフルな堤防に腰をかけて写真を撮った。瀬戸内海からの優しい風が、私たちの背中を押している。ハジマリノテラスで、何かが始まる予感は確信に変わった気がした。
しまのぱんsouda!
空、海、大地の頭文字から名付けた「souda」。恵み多き自然豊かな江田島で、国産の麦、自然発酵の種、シンプルな素材と薪窯で日々に寄り添うパンを作っています。峰尾さんのオリーブラボの試食で提供されるのもこちら、soudaさんのパン。そのパンの美味しさだけでもファンになってしまう人も多いのだとか。お取り置きやWEB予約も可能とのことなので、ぜひチェックしてみては。
〒737-2213 江田島市大柿町大原1637-1
しまのぱんsouda!
空、海、大地の頭文字から名付けた「souda」。恵み多き自然豊かな江田島で、国産の麦、自然発酵の種、シンプルな素材と薪窯で日々に寄り添うパンを作っています。峰尾さんのオリーブラボの試食で提供されるのもこちら、soudaさんのパン。そのパンの美味しさだけでもファンになってしまう人も多いのだとか。お取り置きやWEB予約も可能とのことなので、ぜひチェックしてみては。
〒737-2213 江田島市大柿町大原1637-1
ハジマリノテラスで心と体にビタミンをチャージしたあとは、今日宿泊する温泉宿、「江田島荘」へ。緩やかな円を描いたエントランスの屋根が特徴的で、白い建物が青い空に映えている。その自然と調和する佇まいには、32室の海を臨む部屋がゆったりと配されているらしい。「『こころと身体が元気になる温泉宿』ということで、ここにしたんだ。しかもここはね、2006年に創設された「ホテル業界のアカデミー賞」と呼ばれる「WORLD LUXURY HOTEL AWARDS 2024」において、中国地方初受賞を果たして、なんと3冠受賞をしたんだって」。カズエさんに告げると、「十分元気だけど、さらに元気になれちゃいそうね」と笑った。
フロントから海が見える方向に進むとラウンジがある。まずはここでチェックインを済ます。「すごい…。これ、キリンビールのロゴマークじゃない?」。カズエさんの目を引いたのは、日本を代表する和紙作家、堀木エリ子氏のアート作品『宙(そら)』だった。宇宙の良い兆しが降り注ぐという意味合いを持つ「立涌(たてわく)」柄の光柱で、ロゴマークの作者と言われる六角紫水(ろっかくしすい)氏は江田島のご出身だそうだ。
部屋に上がると、瀬戸内海が一望できた。2023年5月に広島で行われたG7広島サミットではドイツの方の宿泊施設にもなったそうで、ドイツの方からの予約も後を絶えないそうだ。靴を脱ぎ、ふかふかのベッドにダイブし自分たちを労う。「ディナーまで、ラウンジやガーデンで色々楽しめるみたいだから、行ってみましょう!」。
再び1階へと降り、ドリンクなどが置いてあるカウンターへと向かう。「『陽だまりカウンター』だって」。カズエさんが目を輝かせる。そこには、江田島で採れた季節の果実を使った自家製のお菓子や飲み物が並んでいたが、一番目を引いたのは利酒の自販機だった。
「雨後の月。同期の桜、島の香、三次のトモエワインのロゼ、赤…桜尾の梅酒。どれも広島のお酒だ」。私の喉がなる。コインを入れると出てくる仕組みだが、山のようにコインが置いてある。「実質無限…」。二人して顔を見合わせる。お楽しみのディナーもあるし、ひとまずは日中の体験と、無事に到着したことを祝し乾杯。移動の疲れはどこへやら、さっそく元気をいただいた。
「オリジナルの葉書や栞を作ったりできるんだって」。江田島や広島の本が並ぶミニライブラリーの下に、日本初の国産万年筆を生み出した「セーラー万年筆」や名産の「熊野筆」とたくさんの色のインクが並んでいる。「キレイ…」。うっとりとしているカズエさんと一緒に、筆とインクを選ぶ。二人ともオリーブ色を選び、峰尾さんにお礼の手紙を書いた。
「外に足湯があるよ。行ってみない?」カズエさんに連れられて出てみると、サンベッドやソファーが並んでいた。海面がぴたーっと止まり、全ての風景がきれいに逆さに映り込む様子が、「凪テラス」の由来だそうだ。「ハーブガーデンもあって、部屋でハーブティーも楽しめるんだって」。「ラウンジにはドライフラワーキットもあったよ」。館内で、ゆったりと贅沢な時間を過ごすための小さく優雅な配慮があちこちに見受けられ、足湯に浸かった私たちの気持ちまで温めてくれた。「明日はこの浜でトレーニングしませんか?」とリクエストをすると、「最高!」とカズエさんは両手を上げた。
「いよいよお楽しみのディナータイムだね」。ラウンジやガーデンのおもてなしにたっぷりと元気をもらった後は、地元の食材とシェフの技術が織りなす季節のメニューを堪能するのだ。「ここでしか味わうことのできない江田島フレンチ、ですよ!」そう伝えると、食にもかなり気を遣うカズエさんは、にっこり何度も頷いた。
1階にあるレストラン、locavore(ロカヴォーレ)。「local = 地元」と「vore =
食動物」から生まれた新語で、「地元でとれた食物を食べる」という意味だそうだ。
江田島に生息するアマモや水面の揺らぎを表現したアート作品「アマモの小径」に出迎えられ、海が一望できる個室へとご案内いただく。
「始まりの始まりに、乾杯!」。スパークリングワインの泡が喉へと流れ込んでいく。オリーブラボでのテイスティングのように、江田島の空気を含ませて、細胞一つ一つで味わうように。
しばし言葉を失っていると、若いスタッフの方がお料理を持ってきてくださった。
「こちら、江田島で採れたタイのキャレ、
同じく城山農園さんで採れたズッキーニとヤングコーンを合わせ、お皿の左上と右下にブルーチーズとゴルゴンゾーラを合わせたソースをかけております。また、仕上げに江田島のオリーブオイルを味付けしておりますので、ご一緒にお召し上がりください」。
「なるほど、確かにここでしか、の江田島フレンチ…!」説明だけでもう涎が出てきてしまう。聞けばオリーブオイルは峰尾さんのもので、お皿も広島県内のものだそうだ。鯛と野菜を一口。昼間峰尾さんに習った通りだ。オイルが鯛の甘さをさらに引き出してくれている。野菜も、優しいけれど強い。生命力に満ちた味がする。美味しい!!
続いてのお魚料理は鰆のポアレ。表面はこんがりと、身の方は少しレア気味で。
江田島で採れたキノコをバルサミコ酢でマリネしたものがソースがわりだ。鰆はなんとも肉厚で、皮の香ばしさをきのこのほんのりとした苦味が際立たせる。苦味と苦味が生み出す旨味。峰尾さんの解説が蘇る。
「さあ、続きましてメインディッシュ、お肉料理でございます。本日は北海道産の神居(カムイ)牛を使用したサーロインのロティでございます。赤ワインと、イノシシの肉汁を合わせたソースを添えておりますので、ご一緒にお召し上がりください」。
「猪!猪も江田島産なんですか?」取材をしてしまう私。「そうでございます。江田島で唯一とれるお肉が、猪なんです。江田島のイノシシは農家さんのお野菜しか食べないので、その分、臭みが全くなく料理に使いやすいんです」。なるほど!猪までがグルメになってしまう島。一口いただくと、猪のソースが上品な牛肉の旨みに力強さをもたらしている。島のあらゆる自然が循環し、この皿の上に登ったイメージが湧き、体の奥から力がみなぎるようだった。
江田島フレンチを堪能し、スタッフの方にお礼を伝える。「お若いのに、とても堂々とされていて尚更料理が美味しく感じました。ありがとうございました」。聞けばまだ20代前半で、「小中高、就職まで江田島です」と上品に微笑んでくださった。
レストランを出てからお会いしたホテリエの方にも感動を伝える言葉が止まらない。島育ちのサービスの方の江田島愛、ロビーに用意されたおもてなしの数々、部屋の窓ガラスも存在を感じないくらいの透明感があって、海を心から堪能できたこと…それらをお伝えすると「お掃除は市民のアルバイト中心に2人体制でやっておりまして、窓や清掃をよく誉めていただくんです」。とスタッフさんを褒めつつも、謙虚に、誠実にホテルへの愛と伸びしろを語って下さった。尚更ここでよかったと思った。峰尾さんもそうだけれど、私たちより若い大人たちが、ちゃんと若者を育てようという気概がこの島の人々にはある。外に向けて伝えたい魅力がこの島には、ある。
改めてお礼を告げ、心も満たされて部屋へと戻ってから、希少な療養泉「美人の湯」へ向かう。源泉掛け流しのぬる湯など、保温と保湿に優れた理想的なお湯が、こころも身体もほぐしてくれるらしい。内風呂、寝湯、ミストサウナと楽しんだ後、露天風呂に二人肩を並べながら今日のことを振り返った。
レストランを出てからお会いしたホテリエの方にも感動を伝える言葉が止まらない。島育ちのサービスの方の江田島愛、ロビーに用意されたおもてなしの数々、部屋の窓ガラスも存在を感じないくらいの透明感があって、海を心から堪能できたこと…それらをお伝えすると「お掃除は市民のアルバイト中心に2人体制でやっておりまして、窓や清掃をよく誉めていただくんです」。とスタッフさんを褒めつつも、謙虚に、誠実にホテルへの愛と伸びしろを語って下さった。尚更ここでよかったと思った。峰尾さんもそうだけれど、私たちより若い大人たちが、ちゃんと若者を育てようという気概がこの島の人々にはある。外に向けて伝えたい魅力がこの島には、ある。
改めてお礼を告げ、心も満たされて部屋へと戻ってから、希少な療養泉「美人の湯」へ向かう。源泉掛け流しのぬる湯など、保温と保湿に優れた理想的なお湯が、こころも身体もほぐしてくれるらしい。内風呂、寝湯、ミストサウナと楽しんだ後、露天風呂に二人肩を並べながら今日のことを振り返った。
「カズエさん、一段ときれいですよ…」。「ふふ、お湯はもちろんだけど、それだけの力じゃないよねえ…」。人、食、景色、空気…取り巻くすべてが、私たちの心と体に作用して、エネルギーとなっているのを実感する。「言ってみるなら、美人の島ですよねえ…」。こころも体もほぐれたからか、今日一日を振り返った素直な感想が私の口から溢れる。性別に関わらず、この島は人を内面から美しくしてくれる魅力に溢れている。今日出会った人たちがそれを証明してくれている。
ここでなら、舌と胃につづけてきた投資を一気に活かせる気がする。商品開発とかアート作品のように、自然からのインスピレーションを受け続け、新しいアウトプットにすることができるのではないか。
熟成を活かして、フレッシュに始める。いいとこ取りのイメージは、オリーブに学んだ。
どこにいてもできる流行りの働き方もいいけれど、誇れる土地に根を張って、その土地を豊かにし、どこからだって会いにきてもらえる。峰尾さんのオリーブ畑や、江田島フレンチのような「ここでしか」って、すごく素敵じゃないだろうか?
ここでしかできない、私の仕事―――――。
「明日までもう一日ゆっくりしたら、一旦、着替えを取りに帰りますかね」。美人の湯に浸かり直しながら私がつぶやくと、まんざらでもないという表情で、カズエさんが笑った。
特にオススメの時期
今回の旅と合わせて楽しめる、
おすすめ非日常旅
このウェブサイトでは、お客様のコンピューターにCookieを保存します。 このCookieは、ウェブサイト体験の改善のため、またより個人向けにカスタマイズされたサービスを提供するためにこのサイトおよび他のメディアで使用されるものです。 当社のCookieについての詳細は、プライバシーポリシーをご覧ください。当サイトでは、訪問者の個人情報を追跡することはありません。
承認