庄原IZANAMI
アドベンチャー

「神話に触れる非日常」
古事記のパワースポットを巡る家族旅。

ノブ(37)はフリーランスの通訳。一人息子のイチロー(14)とも仲が良く、趣味は家族旅行だ。「今年の行き先はイチローに決めてもらおう」。そう妻のマリコ(36)と話し合い、イチローに聞いてみたところ、広島県の県北にある庄原市がいい、と言う。行ったことのない場所だ。どうして庄原に?頭の中に疑問符を浮かべつつ、後日判明したのは思いもよらない理由だった…。

日本最初の、夫婦に会いに。

「え?イチロー君が『庄原がいい』って?ああ、確かに広島の県北が良かった、って話はしたよ。息子とバギーに乗ったり、伝統芸能を楽しんだりしたよ、って。でも、本当の理由はおそらく…」

よく行くセレクトショップのオーナーが苦笑している。息子のイチローにとっては叔父さん的存在で、多感な中学2年生はその自由な生き方に憧れている。時々一人でも立ち寄っているらしく、旅行の相談をしたのだろう。オーナーは続けた。

「いや、さ。お父さんとお母さんが喧嘩をしてる、って聞いてね。そこで伝えたんだ。同じく広島の県北、庄原市には『夫婦円満に効くツアー』があるらしいよ、って」。

オーナーが情報元をスマートフォンで見せてくれた。日本最古の歴史書である古事記にて、日本列島とさまざまな神様を生み出したとされる「伊邪那岐命(イザナギノミコト)」と「伊邪那美命(イザナミノミコト)」日本で最初の夫婦にまつわるツアーがある、と。
どうやらパワースポットを巡る旅でもあるらしく、なるほど、それで庄原か。と、今度は私が苦笑してしまった。せっかくイチローが決めてくれたことだ。ここは一つその提案に乗ってみることにしよう、と妻にメッセージを送り、家へと向かった。

「イチロー、聞いてくれ」。夕食時、今日オーナーのところに行ったこと、ツアーが面白そうだと思ったこと、そしてイチローが喧嘩と思っていたことは「食事の際、好きなものを最初に食べるか最後に食べるか」の議論が白熱していただけだったことを伝えた。イチローの顔が和らいだ。

「故其所神避之伊邪那美神者葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也」(かれ、そのかむさりまししいざなみのかみは、いずものくにとははきのくにとのさかいのひばのやまにはぶりき)

わずか26文字の漢字の文章が古事記の「比婆山神話」で、広島県、島根県、鳥取県の3県に約10ヶ所の比婆山伝説地があるらしい。そのうちのひとつ、庄原が今回の舞台だ。このツアーは申込後、手紙が届くところからスタートする謎に満ちたものらしい。我々はしばらく手紙を待つことにした。

イザナミからのいざない。

数日後、我が家に1通の手紙が届いた。

「漢字が多いね…」。勉強より運動派のイチローが言う。そうね、と言ってマリコが声に出して手紙を読んでくれた。

「この世に人間が生まれるはるか前のずっと昔、 別天津神(ことあまつかみ)は初めて男神、女神というものを創った。
いざなう者、いざなわれる者として、 男神を伊邪那岐命、女神を伊邪那美命と名付けた。 二人はすぐに結ばれ、国の島々と神々を次々と生んでいった。

・・・ しかし火の神を生んだとき、伊邪那美命は火傷を負い、黄泉の国へと旅立ってしまった。

伊邪那美命は黄泉の国にて身体に蟲がわき八雷神が全身に纏わり付き囚われていた。 伊邪那美命の意識は分断され、一方は黄泉津大神となり、もう一方、伊邪那美命の意志は数千年ものあいだ囚われたままだった…」。

「古事記の説明ね」。マリコが言うと、感受性が豊かなイチローは「なんだか、深刻だね」。と、神様の心配をした。

読み進めてみると、どうやら庄原市の比婆山に住む“未知なる者”と協力し、伊邪那美命を解放せよ、ということらしい。よし、日本で最初の夫婦のために立ちあがろうじゃないか。使命感を帯びた私たちは興奮しながら、広島に向かった。

新幹線に乗って、広島駅に到着した。改札を出て左に曲がり新幹線口に出て、1階に降りると高速バス乗り場がある。

「ミッションを受けての旅なんて、初めてね」。バスを待ちながらマリコが笑う。夫婦円満ではあるが、確かに最近ゆっくり話せていなかったので、ここは神様にあやかりたいと思った。

庄原行きのバスが来た。「いかにも山に行きそうな色合いだね!」とイチローが言う。JR備後庄原駅まで約2時間、バスの旅の始まりだ。高速道路に乗ると、あっという間に山々が現れ、自然豊かな風景が広がった。するとどうだろう、急に道路が霧に包まれ始めた。「雰囲気あるわね…」。マリコは少し楽しんでいたが、無事に到着しないことには使命も果たせないだろう…。心配しながら神に祈っているうち晴れ間ものぞき、JR備後庄原駅に到着した。

ミッション・イン・
パワースポット。

木を基調としたシックな駅舎の前でバスから降りる。事前の案内通り、駅構内の地域交流室に入ると、リュックを背負いカメラを下げた、いかにもガイドさん、という男性がいた。

「おはようございます!!」
カメラと一緒にかかっているストラップには「比婆守(ひばもり)じゅんぺい」と書いてあった。

「庄原IZANAMIアドベンチャーへ、ようこそ!今回皆さんとツアーをご一緒します、比婆守じゅんぺいと申します。皆さんどうぞよろしくお願いいたします!」

私たちの名前を確認すると、庄原市が中国地方のほぼ中央に位置する県境の街であること、西日本で一番大きい面積の市で、香川県の2/3の大きさを誇ること、四季折々楽しめる豊かな自然に恵まれていることなどを教えてくれた。また、島根県との県境にほど近い位置に横たわる比婆山連邦比婆山は、伊邪那美命の墓所とされているらしい。名前の通り比婆の地を守る、いい人なのだろう。

そうして、ツアーの本題へと入っていった。
「まずは、イザナミとイザナギについてご紹介をさせてください」。そう言って、咳払いを一つしてから話を始めた。

「この世に人間が生まれるはるか前のずっと昔、 神は初めに男神、女神というものを創りました。 二人はすぐに結ばれ、国の島々と神々を次々と生んでいきました。 しかし火の神を生んだとき、イザナミは火傷を負い命を失い、 黄泉の国へと旅立ってしまいました。 イザナギは黄泉の国へとイザナミを迎えにいきました」

比婆守さんが役者のような口調で、手紙の内容をおさらいしてくれる。

「妻のイザナミは感動しました。『私は黄泉の国の食事をしてしまったから、もとの国には戻れないと思うけれど、戻してもらえるよう交渉してみるから待っていて』。とイザナギに告げました。 しかしイザナギは待ちきれず明かりを灯し、イザナミの恐ろしい姿を目の当たりにしてしまいました。驚いたイザナギは一目散に逃げ、追いかけてきたイザナミを追い払い、出口を大岩で塞いでしまいました」。

え!そんなことをしたら、きっと大変なことに…。人ごとながらに心配した。いや、神ごとながらに、か。

「夫の理解を得られなかったイザナミの無念が残り、現代の夫婦たちも苦しんでいる…。そこで!史上初の夫婦喧嘩をハッピーエンドで終わらせるため、 皆さんの力をお貸しいただきたいのです。二人の幸せと、後に続く子孫の幸せは、皆さんの力にかかっているのです!」。

さほど苦しんでいない私たちは顔を見合わせ、大胆な飛躍に少し笑った。「もしかして、比婆守さんが“未知なる者”なんじゃない…?」イチローが間に入って耳打ちしてくる。確かに。いずれにしても、円満な家庭だからこそ貸せる力があるはずだ。では、どうしたらいいんだ?

「別天津神様から、イザナギとイザナミを助けるためのヒントが送られてきています。こちらのQRコードを読んでみてください!」

比婆守さんからQRコードとVRゴーグルが配られ、動画を観る。神様もずいぶん高度な技術をお持ちだな、と驚く。

「どんな雰囲気ですか?何が見えますか?」

狛犬…神社か?白い糸…いや、光か….?そしてあの文字は…?
この映像がどうやら、次に向かう先の「ヒント」のようだ。

そして私たちは比婆守さんの指示のもと、イザナミを解放するための「ある呪文の練習」を行った。これから向かう熊野神社でその「本番」を行う必要があるそうなのだが…とにかく照れてしまった。でも、神のためなら仕方ない。

練習も相まって、少しドキドキした気持ちでジャンボタクシーに乗り込む。いよいよツアーの始まりだ!と、車が動き出して間も無く、比婆守さんはカクン!と気を失ったかのように眠ってしまった。一体何が起こったのだろう…。

川沿いの道を進み、山のふもとに広がる田園を眺めていると、段々に道が狭くなり片側1車線の曲がりくねった山道へと風景は変化していった。
「あ、電波が入らない」。マリコがスマートフォンを見せてきた。「これから神様と交信しようというのだから、俗世の電波なんて不要だよ」。そうおどけていたら熊野神社に到着した。

柱の儀。

「はい、お疲れ様でした!」
目を覚ました比婆守さんが、何事もなかったかのように再びガイドをしてくれる。聞こえてくるのは川のせせらぎ、鳥のさえずり、木々の揺れる音…。立って、呼吸をしているだけでも、体に良いエネルギーが満ちてくるようだ。

「すごく立派な鳥居だね」。イチローがとても立派な島居を見上げる。ここが次なる目的地、イザナミを葬った比婆山を遥拝できる熊野神社だ。鳥居の扁額には比婆大社、とあった。713年まではそう呼ばれ、848年に熊野神社と改称したそうだ。明治初期には山陽・山陰の各地から、1日に3万人が登拝したという話もある。境内には杉が100本以上あり、中には樹齢が千年を超えるものもあるらしい。そのうち11本が幹囲(周囲)5m以上で、県の天然記念物に指定されているという。1300年もの間、伝承とともに大切に守られてきたこの地にはブナ純林や、国内最大級のトチの木など、古代からの自然がそのまま残されている。

「現在地がこちらなのですが…」大きな看板を背に比婆守さんが説明をしてくれる。

「上の方に、比婆山御陵と書いてある場所ありますね。こちらが本当のイザナミのお墓でございます。かなり距離がありますよね。歩いていくと2時間とか2時間半ぐらいかかります。熊野神社は『遥拝所』と言って、離れた場所から神様を拝むために作られた場所なのです。それでは、 二宮までお礼参りに向かいましょう! レッツゴー!」

神話の世界に入っていくかのように、一歩一歩丁寧に歩みを進める。
見えてきたのは「尾道型」と呼ばれる玉乗りの狛犬と、飛びかかろうと構えている「出雲型」と呼ばれる狛犬、二種類の狛犬だった。これは、県境の庄原市が、広島県と島根県の歴史・文化の交流圏であることからきているそうだ。なんでも庄原市では、出雲で作られていたものと同じ種類の土器が発掘されたり、共通した形の古墳が存在したりしているらしい。また、熊野神社は安産祈願や子育てにご利益がある、ということも比婆守さんが教えてくれた。

山道を踏みしめ、一ノ宮に到着。うがい手水で身を清め、心穏やかに参拝をする。二礼二拍手一礼。イチローが熊野神社の杉のように、すくすく育っていることにお礼を述べ、二宮へと向かう。

「あ、見て!仲良しの三本杉だって」。観察力の鋭いイチローが三本一緒に生えている杉を見つけた。顔を見合わせ笑顔になる。その顔を見て、さっき練習した「儀式の本番」を思い出す。照れてしまうが頑張ろうと思った。

「それでは、先ほど練習した『柱の儀』を再現しましょう!」

ついに本番だ。先ほどの比婆守さんの説明を思い出しながら、イザナギとイザナミが行ったという儀式を再現する。さっきまでは少し照れてしまうと思っていたが、場のもつ神聖な空気もあって不思議と気持ちが落ち着いてきた。

比婆守さんに従って、日本で最初の夫婦に思いを馳せて、儀式を執り行う。ああ、この場所に来ることができてよかったな…。木々の間からマリコとイチローを照らす光を仰ぎみながらしみじみそんなことを感じる自分がいた。

大役を終えてすっきりとした気分になり、足取りも軽く熊野神社の駐車場へと戻る。次なる行き先はどこでしたっけ…と比婆守さんに聞こうとした、その途端だった。

「め…し…、め…し…」。

急に比婆守さんが何かに取り憑かれたかのように頭を垂れている。大丈夫ですか?と近づくと、先ほどと同じようなことをうわ言のように繰り返すばかりだ。

「め…し…を…この世のめしを…!!」

繰り返す比婆守さんに対し、「イザナミが憑依した…?」とマリコが言う。そうか、イザナミは黄泉の国で食事をしたから、もとの国へは戻れない、と説明にはあったっけ。

「はっ!!」

最初の説明を思い出していたら、比婆守さんが元に戻った。「柱の儀があまりに感動的だったからか、 イザナミが僕たちについてきちゃったようです…」。

比婆守さんがポケットから取り出したのは、ビー玉だった。「あれ?イザナミが何か言ってる!」ビー玉に耳をくっつける比婆守さん。なんと、ビー玉にイザナミが宿っているようだ。「あ、お腹が空いてるんですね!?ただちに『食事の儀』ができる場所に向かいましょう!!」

どうやらイザナミは空腹のようだ。あっけに取られながら、比婆守さんと一緒にタクシーに乗り込んだ。

ビバ!比婆牛。

イザナミの声に従って「食事の儀」を行うべく「ひろしま県民の森」に向かう。この世に住む我々も、そろそろお腹が減ってきた頃だったのでちょうど良かった。

熊野神社から20分ほどで到着。入り口すぐのホールは天井が高く、薪ストーブが印象的だ。冬はスキー客で賑わうそうで、ペットと一緒に泊まることもできるそうだ。物販コーナーではお米、こんにゃく、りんごなど土地のものに加え、ペット用のジビエジャーキーなど、珍しいものもあって目を引いた。

「儀式」のために、レストラン「比婆山」に入る。「では、食事の儀を行います」。こちらでいただくのは、「比婆牛のステーキ」だ。やはりイザナミに満足していただくには、これくらいじゃないといけない。呪文も事前練習も必要なさそうだし、こんな儀式なら大歓迎!と3人でニンマリと顔を合わせた。

比婆牛は、和牛のオリンピックで全国一に輝くなど、庄原市こだわりの和牛ブランドとのことで、胸は高まりお腹は鳴る。
庄原市は、日本和牛の4大ルーツのひとつである「岩倉蔓(いわくらつる)」の起源で、豊かな自然の中、熱意ある和牛農家たちが、代々優秀な牛づくりを行なっているそうだ。「鮮やかで繊細な『サシ』が特徴で、口に運べば和牛本来の深いコク、上質な脂肪の香りを堪能できるんだって!」検索が得意な食いしん坊、マリコが調べる情報はいつも前菜のようで、メインディッシュへの期待を高めてくれる。

「来た!!」焼きたての良い音と香りを携えながら比婆牛のステーキが登場した。「イザナミの解放を祈って」と3人で手を合わせ、早速いただく。「んー!美味しい!!」マリコが言っていた通り、上質な脂の香りが鼻をくぐり抜けていく。添えられたいろどり鮮やかな土地の野菜も、比婆牛の魅力をさらに引き立てている。
私は先に、マリコは最後に、ステーキをペロリと平らげた。イチローはバランス良く食べすすめて完食。満腹なこともあり喧嘩もせずに、ただただ神々に感謝をし儀式を終えた。

POINT!

食彩館しょうばら ゆめさくら

「庄原の食」が一堂に集まる施設です。ブランド牛の「比婆牛」や、地元の野菜・加工品を販売しています。他にも、地元素材を使ったパンが人気のベーカリーや乳製品専門店、おそば屋さんもあるので、ドライブ途中にぜひ立ち寄ってみては。

〒727-0004 庄原市新庄町291-1  TEL 0824-75-4411
https://www.instagram.com/yumesakura2002/

イザナミ解放。

お腹を撫でていると、慌てた様子の比婆守さんが現れた。
「皆さんが食事している間にお告げがありまして!『たたらの神』が皆さんに来てほしいって言ってるんですよ。ちょっと会いに行ってみましょう!すぐそこなので!」

「たたらの神に会いに行く前に、たたら製鉄について少し、説明をしますね」。比婆守さんが話し始める。たたら製鉄とは、主に砂鉄を原料に、木炭を燃料として土製の炉で鉄を作る日本古来の製鉄法だ。比婆山連峰を含む中国山地では、長い年月をかけて花崗岩が深層まで風化した「真砂土」がいたるところでみられ、そこに含まれる砂鉄を用いてきたのだという。1800年代の地誌にも比婆山連峰周辺の製鉄を「当郡第一の産業、諸民これによりて生活するもの甚だ多し」と記しているそうで、良質な砂鉄を産し燃料が豊かなこの地を、多くの人々が称えてきたのだろう。

腹ごなしも兼ねて外へ出て、その「たたらの神」の元へと向かう。空が広い。山特有の澄んだ空気は、デザートのように感じられた。
「今向かっている場所はですね、 金屋子(かなやご)神社って言うんですけれど実はこちら、イザナミとイザナギの愛の結晶なんですよ」。

「歩きながら比婆守さんがこちらを振り返り、続ける。「金屋子神社に祀られているのは『たたら製鉄』の神様で、実はイザナミが亡くなる瞬間に生まれた神様なんです」。それを受け、だんだん話が分かってきたイチローが答える。「つまり、たたら製鉄の神様はイザナミとイザナギの子供なんですね」。
「はい。諸説はありますが、ね。二人が別れるきっかけとなった生みの苦しみが製鉄という、後の文明の発展に繋がったんですね」 。

到着した金屋子神社は、小高い丘の上にポツンと存在し、その佇まいはやけに神秘的に感じられた。「お参りをしましょう!」3人揃って手を合わせる。星がとてもきれいに見えて、30秒に一度流れ星が見えるくらいだ、と比婆守さんが教えてくれたこの場所に、また来られますように、と。

その時だった。山中の静かな丘で、比婆守さんの電話が鳴った。

「ああ!はい!申し訳ありません! い、今ちょっと移動中でして、戻り次第…」。

比婆守さんの上司?急ぎの要件だろうか。ガイドさんも大変だ。聞くつもりはないものの、耳に入ってくるやりとりは緊迫感を帯びていた。すると、急に声が一変して、電話を切った。

「皆さん!朗報です!!なんと、イザナミが… いや、これは見ていただいた方が早いな! 」言うやいなや、駅で使ったVRゴーグルをリュックから取り出す比婆守さん。神秘的な神社の前で、VRゴーグルを装着する一家3人。「ああ、よかった…!」マリコの安心した声が聞こえた。

映像を観てゴーグルを外すと、満面の笑みの比婆守さんが立っていた。

「別天津神さまが皆さんを選んだ理由が分かりました…!皆さんのおかげで、イザナミだけでなく、みなさんをはじめとした日本中の夫婦やカップルの幸福度が上がったと思います!!イザナミが無事解放されました!!」

自然豊かな庄原で呪文を唱え、美味しい比婆牛を食べただけ、と言えばそれまでだが…少なくとも、『柱の儀』を行ってからというもの、マリコと目が合う回数が増えた気がする。イザナミはともかく、私たち夫婦が救われたと言っていいだろう。別天津神さま、イザナギ、イザナミに感謝だ。

「さて!思っていたより早く解決できたので、僕たちも、たたら製鉄のプチ体験をしにいきましょう!」

もう何かが憑依することはないよな…と少しだけ心配をしながら、比婆守さんについていった。

熱されて、強くなるもの。

金屋子神社を後にすると、E-バイクが4台用意されていた。E-バイクとは、スポーツバイクの走行性能と電動自転車のアシスト機能をかけ合わせた自転車で、その豊かな里山の風景から、庄原では積極的に取り入れられているアクティビティだ。

向かう先は、国営備北丘陵公園内にある「ひばの里 古代たたら工房」。途中まで、自然の中でのE-バイク体験を堪能し、再びタクシーに乗り換え現地へと向かうそうだ。

比婆守さんに続いて、3人で列になって漕ぎ出す。山の空気を胸いっぱいに吸い込んで坂を下る。スピードが出る。マリコが叫ぶ。「私も解放されたみたい!」そう言えば、土日は料理やるって約束をしていたのに、最近できてなかったな。他も、任せっきりのことが多かったな。風を切りながら反省をし、帰ってからも色々と解放されてもらおうと心に誓った。

古代たたら工房に到着する。「こんにちは!」刀鍛冶が出迎えてくれる。広島県では鎌倉時代後期以来700年以上にわたり、中国山地のたたら製鉄を背景として、日本刀の製作技術が連綿と継承されている。たたらや鍛冶、鋳物等に携わる人々は鉄の守護神「金屋子神」を代々信仰してきたそうだ。

作られる中でも日本刀は、その姿の美しさや地鉄の鍛え肌、刃文の多様さなどから、武器としての用途以外にも、信仰・儀礼のほか、鑑賞の対象として利用されてきた。プチ体験とはいえ、その歴史と技術を、今日はこの手で触れることができるのだ。

まず出していただいたのが、全長15cmほどもある五寸釘だ。これを熱し、叩いて、ナイフの形を作っていくらしい。炭からは勢いよく炎が上がっている。まずは、この炎で釘を熱していく作業からだ。

「おお…!」時代を超えて伝わってくるような炎の熱を感じながら、釘の色が変わっていく様を目を細め眺める。オレンジ色になったところで…叩く!!叩く!!ドラマやアニメでしか見たことのないような作業に、イチローも興奮している。
続いては、取手の部分を作るための共同作業。両端から一緒にナイフの原型をねじっていく。共同作業、と言う単語につい笑みがこぼれる。結婚式以来の単語だけれど、本来夫婦にとってみたら、いろんなことが共同作業のはずだ、と思った。

仕上げとして、刀鍛冶に刃をつけてもらい終了。立派なペーパーナイフの完成だ。「これ、何を切るの?」手紙でのやりとりなんて、なかなかないであろうイチローに、手紙の書き方を教えよう。一緒に、マリコに手紙を書いてみるのもいいなと思った。

「なんだか、歴史や大地のパワーをもらった気がするね」。帰りのタクシーの中で、少し眠そうなイチローが話す。「イチローが、面白いツアーを見つけてきてくれたおかげで、いい思い出ができたよ」。横でマリコも頷く。

もっと熱を持って子育てをしていきたいな。たたら工房での体験の最中思っていたことだ。やりたいことの形は、自由に変わっていい。強く、優しい人になってもらいたいな。

「また節目には、庄原に来てみようか。熊野神社に行って、仲良し杉を三人で拝むの、いいかもな」。あの杉のように、太く、大きく育ってほしいという願いを込めて。すると、色々調べてくれたマリコが応える。「250年前から残る古民家を、丸ごと一軒貸切れるなんてプランもあるんだって。パーソナルシェフが料理する庄原の恵み、素敵じゃない?」それも素敵だし、イチローと二人で、マリコをもてなす料理を作るのも楽しそうだな。

二人の間から、イチローの寝息が聞こえてきた。「お前が二人のパワースポットだな」。寝顔を眺めながら、二人でまた微笑みあった。

POINT!

Zakka & Cafe 生活や

周囲を山々に囲まれた国道183号線沿いにある雑貨カフェ。 あたたかな雰囲気のカントリー調の店内にはファッション、キッチン雑貨やインテリア、アクセサリーがずらり!カフェでは、なるべく庄原産の野菜を使用するというこだわりのパスタやサラダで、旬の味を楽しむことができます。敷地内にある、色々なテイストの“タイニーハウス”もぜひご覧ください。

〒727-0007 庄原市宮内町428-1  TEL 0824-72-7198
https://www.instagram.com/ikiikiya_cafe/?hl=ja

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〒727-0021 広島県庄原市三日市町4-10 里山の駅 庄原ふらり内
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