牡蠣・車海老三昧
「瀬戸内”池”の非日常」
国内唯一の熟成牡蠣を、体験ごと味わう二人旅。
「瀬戸内”池”の非日常」
国内唯一の熟成牡蠣を、体験ごと味わう二人旅。
「牡蠣食べ行こう〜♪」
沖へ出ていくフェリーを眺めながら、90年代後半に流行った女性2人組ユニットの替え歌をサリが歌っている。私たちは今、広島の竹原という町の、道の駅ならぬ“海の駅”でボートを待っている。本来だったらフランスの地中海で歌っているはずだったが、世の状況によりこうなった。
「私たち、広島でお好み焼き体験してきたんです。そのあと市内を自転車で巡って。川沿いの風、気持ちよかったですよ〜」旅行の話になった際、担当する新人の子がおすすめしてくれた。「広島、ね」考えたこともなかった。20代女子二人旅。対するこちらは30代。もう少し先輩の余裕を加えたい。
こういう時は胃に尋ねるに限る。うん、気分はフランスの港町で牡蠣、だった。そうしてサリと出した結論が、自転車ではなくボートに乗って「牡蠣食べ行こう〜」だったのだ。
これから行く大崎上島は、本土と橋の繋がっていない瀬戸内の島だ。温暖な気候に恵まれたこの島はレモンやブルーベリー、みかんやイチゴなどの生産が盛んらしい。そんな島に、牡蠣の生産量日本一の広島県で、全生産量の0.3%にあたる「広島プレミアムトップかき」を生産している養殖場があると聞いた。フルーツももちろん好きだけれど、それ以上にお酒とお酒に合う海産物が大好きだ。広島は有数の酒どころでもある。牡蠣とお酒との対面に、口が、喉が、胃がソワソワしている。
ビジター桟橋に到着すると、白と青のマリンカラーのボートが待ち構えていた。今日お邪魔するファームスズキの鈴木さんだ。笑顔が眩しい。フェリーを待つ人々を横目にVIPルームへ続く道のような気分で乗り込む。これぞ大人の余裕ってやつです。私たちの気持ちに応えるようなスピードで、一路大崎上島へ。高い空と海の風が歓迎してくれているように思えた。
大崎上島へのフェリーが出ている竹原で、チェックしておきたいのがNIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町。製塩町として栄えた往時の面影を色濃く残す空間で、選び抜かれた瀬戸内の食材から生み出された料理と、竹原で愛されてきた地酒のペアリングを堪能することができます。フロントと客室が町に点在していますので、3つの老舗酒蔵巡りなどの街歩きも合わせて楽しみたいところ!
鮴崎(めばるさき)港にボートをつけ、車に乗り換え2分ほどでファームスズキに到着する。ボート同様、マリンカラーの印象的な建物がかわいい。早速鈴木さんが、目の前に広がる池を眺めながら養殖についての説明をしてくれる。
「ここは昔、塩が作られていた塩田跡です。フランスで最高級と言われる牡蠣は、塩田で育てられる牡蠣なんです。この池に出会った時に、同じようにできるんじゃないかと思ったんです」
フランスで最高級と言われる牡蠣と同じ!気持ちが高まる。
「この塩田跡の養殖池で育てた牡蠣を、私たちは『塩田熟成牡蠣・クレールオイスター』と名付けました。様々な生き物が共存する池の生態系を守りながら、池の環境に寄り添ったスタイルで養殖しています。一年の内数ヶ月間は、池の水を全て抜き池を休ませ、ふかふかになるまで池底の土を毎日耕します。空気と太陽の力でバクテリアが活性化し、日に日に砂が蘇るんです。そうすると生態系そのものの力が池を守ってくれるので、少々夏が暑かろうが、豪雨があろうがリカバーしてくれるんです。割合で言えば育てるのが2割。収穫が1割。残り7割が環境づくりと言えると思います。4月5月は休む暇があったらとにかく池を良くすることに全てをかけたいですね」
新人育成担当の私には、一言一言が響く。育てるために、どうやって環境を整備するのか。
「養殖池の水温が高くなってしまう夏は海で身を太らせ、水温の落ち着く秋に養殖池で熟成させる、海と養殖池が牡蠣を創り上げます。牡蠣をカゴに入れ養殖する欧米式のスタイルを取り入れ、一粒ずつ丁寧に大切に育てています。また、瀬戸内海で始まり長年途絶えていた車海老の養殖にも挑戦し、今では広島県唯一の車海老養殖場でもあります。密度を低くのびのびと育てることで、ストレスで車海老が病気にならないように配慮しています。そうすることで、しっかりとした肉質、ぷりっぷりの食感、強い甘みとしっかり詰まったミソが特徴の、頭から尾までまるごとお召し上がりいただける車海老になるんです」
人間で言えば風通し、そして各々の個性を伸ばす教育、何より愛情だろう。鈴木さんが上司だったらどれだけいいだろうかと思えてきた。感慨深く頷く私の横で、サリは「私もストレスなくのびのび育ってるんで、ミソしっかり詰まってるな〜」とつぶやいて、牡蠣と酒に合うおすすめの地酒を鈴木さんに聞こうとしていた。
牡蠣の生産量No.1=牡蠣の王国でもある広島県は牡蠣ングダムの名の下に、牡蠣をこよなく愛する研究機関、牡蠣食う研の活動を行っています。ファームスズキの鈴木さんも初期からの主要メンバーのお一人。牡蠣に対する尋常ならざる愛と活動は、こちらでご覧いただくことができます!
https://kakikuken.com/about/archives/2
一通り、養殖方法についてレクチャーを受けた後は、実際に車海老とりと缶詰め体験が待っていた。長靴をお借りし池の方へ歩くと、改めてその広さに驚く。大きさなんと10万㎡!!ボートに乗せてもらい、電気網(水温が低い冬に、砂の中で寝ている海老を起こして捕まえるためのもの)で砂から出てきたところを捕まえ、ボートに引き上げる。網から捕まえた車海老を手に、鈴木さんがこちらを向く。
「食べてみますか?」
一瞬戸惑う。しかし、元を辿ればどんな食材だって実際には生きていた。渾身のいただきますを放ち、その場で頭と胴体を分ける。リアル踊り食い。自分の足がついバタつく。私が踊ってしまっている。生態系の意味を実感し、その頂点にいることに感謝をする。口に含み、歯を入れる。ぷりっぷりです、なんて言葉を超えている。歯を押し返してくる弾力。ほど良い池の塩味。鈴木さんが大切に大切に育てる池の滋味と言っていいだろう。食べるって、本来こう言うことだ。
「何かを乗り越えた気がする!」 同じように隣で車海老を食べたサリが叫んでいる。こんな世の中の状況で起業するなんて、もう十分何かを越えてると思う。でも、なんでも楽しんで自分にとってのプラスに変える、そんなところを尊敬していたりもする。
続いて缶詰体験をさせてもらった。食材を入れ密閉することを「巻き締める」というと教わる。「マキシメ」。口にするとなんだか楽しいので、何度も言ってしまう。まず、練習として何も入ってない缶詰を作る。ここで「巻締機」の登場だ。真空状態の小さな部屋の中でマキシメが行われ大崎上島の、ファーム鈴木の「空気の缶詰」が出来上がる。この空気、本当に持ち帰りたいと思っていたので、いつか大変なことがあった時に開けようと思う。
そして本番。半ボイルの状態のクレールオイスターと車海老が用意されている。地下水もしくはオイルを満たし、詰めて、巻き締める。それを加熱して殺菌したら出来上がり。「クレールオイスターと車海老、一緒に入れてみてもいいですか?」と聞くと「アヒージョにいいですね!」と盛り上げていただく。体験で満たされた次はお待ちかねの実食だ。お腹も空いていたので、缶詰体験の最中、何度も中身に手を出しそうだった。
「お待たせしました!」
パエリアパンに敷き詰められたクラッシュアイスの上に、放射状に並べられたクレールオイスターと行儀良く前ならえをした車海老。中心には燻製のオイル漬けの缶詰。その横に島で採れたレモン。「待ってました!」マリンカラーのキッチンスペースと開け放たれた窓も手伝い、本当にここがどこかを忘れてしまう。ただ一つ確かなことは、皿の上のすべてがこの土地に育まれたもので、生産者さんが目の前にいる、ということだ。
一番手慣れた調理器具である手指を使い、口でクレールオイスターを迎えにいくと、あちらから滑り込んできた。ああ、山、海、池と鈴木さんの情熱が生み出した一粒に、凝縮された味わい。甘い塩の香りが鼻からフワッと抜ける。噛みしめるたびに目を閉じる。薄目から陽の光。天にも昇る心地だ。続いて車海老だ。熱を通すことによって生とは全く違った甘みがグッと出てきている。一心不乱に皮を剥き、次から次へとやめられない。とまらない。
「レモン塩もいいですよ」と、塩田の塩とレモンを勧められる。よく商品として瓶詰めのレモン塩は売っているが、これは全く別物、フレッシュだ。塩と酸味が甘味を爽やかに際立たせる。地味だが滋味な味変だ。
クレールオイスターと車海老に夢中になっているとワイングラスを提供される。「これ、広島の日本酒なんですよ」白地のラベルにカラフルな海の生き物、真ん中に海風土、と書いてある。「シーフード、って読むんです」
このお酒、聞けば生牡蠣にレモンを搾るイメージで作られたのだそう。はつらつとしたレモンのような酸味を持たせるため、クエン酸(レモンに多く含まれる酸)をたくさん作る白麹を用いて作っているのだそう。一見ポップなラベルのため、リキュールにも見えるが精米分合70%、海外賞の純米酒部門でも高い評価を得ている純米酒だ。
「この体験、フランスじゃできないかもね」二人で目を合わせ、この場所ならではのマリアージュにうっとりし、塩田のクレールオイスターや車海老、生態系のすべてに向かって「ありがとう!」と念を送った。
クレールオイスターと車海老、お酒と体験はもちろん、この風土全体の魅力に酔いしれた。残念だが竹原港に戻る時間だ。キッチンスペースの前に干してある器具に目がいく。「これ、タコ壷と、穴子用の道具です。これをしかけてる間に釣りしてますよ。いい鯛、釣れるんですよ」鈴木さんが楽しそうに教えてくれる。
今日一日、何を教えてくれるにしても、とにかく鈴木さんは楽しそうだった。聞けば、海のない土地にも関わらず釣りに明け暮れる少年時代を過ごし、その後は魚好きが高じて水産大学校へ進学されたそうだ。「イチローは球が来るところが分かっていれば必ずヒットを打てるじゃないですか。それと同じように、自分も牡蠣の質問に関しては絶対に返したい。分からないって言いたくないんです」小さな努力を積み重ね、とんでもないところへ行こうとしている世界の鈴木が、もう一人ここにいた。
行きと同じボートにまた乗り込み、竹原に向かう。私たちの後ろ髪のように、白い波が元いた港に伸びていく。たくさんのことを頭と体で知った分、行きよりも海と空の青が鮮やかに感じられる。地中海に行くつもりだったけれど、地中海以上だったと胸を張って言える。
桟橋で鈴木さんにお礼とお別れを告げる。ボートに書いてあったローマ字表記の名前に目がいく。意味を尋ねると、照れながら「これ、嫁の名前を英語にしたんですよ」と教えてくれた。養殖の技術などを学びにフランス他世界各地に行ったという鈴木さんらしい。奥様を羨ましく思った。
広島に来るきっかけをくれた新人の子たちへのおみやげを物色しながら 「私も、船に名前をつけてくれるような人に出会えるといいなー」と呟くと、横でサリが言う。
「いや、自分で買ってつけるってのもありだね」 この子ならやりかねない。そうしたらぜひ乗せてもらおう。できたらこの海がいいな。と、傾いた陽に向かうフェリーを眺めた。