はしご牡蠣
「路地裏の非日常」
酸いも甘いも、はしごしてきた先輩・後輩旅。
「路地裏の非日常」
酸いも甘いも、はしごしてきた先輩・後輩旅。
トミコさんはすごい。キレイで、カッコいい。それを裏付ける知識と経験があるのはもちろんだけれど、行動力における天才だと思う。「カニ食べに行こう~」と女性ユニットの曲をカラオケで歌っていたら、どうにもカニを食べたくなり、その場で北海道行きのチケットを取り、翌日には食べていた。また、昼から飲んでいた日には「胃がとんこつラーメンの気分!」と言って博多の屋台に連れて行かれたこともあった。韓流ドラマが流行った際は、幾度となく海を渡った。そんな人だ。彼女の中での贅沢の定義とは、「わざわざそれだけをすること」らしい。そうして私は今回、〝贅沢〟な広島旅をプレゼントされたと言う訳だ。各地を飛び回るトミコさんと現地で待ち合わせをする。「ナツ、お疲れ!牡蠣食べいくよ!はしご牡蠣!」 時間になると、昼休みに社食で会ったようなノリで現れた。工事中の南口を出て、わざわざ牡蠣を食べにエキニシへ向かう。仮囲いに2025年3月の広島駅の完成予想図が貼ってある。世界がどうなっていようが、トミコさんはきっと世界のどこかを飛び回っていそうな気がする。
「エキニシ」とはJR広島駅の西側、広島市南区大須賀町にあるディープなエリア。5本の路地に昔からのお店と新しいお店が混在しています。また、「広島を世界一おいしく牡蠣が食べられる街へ」を掲げて活動する牡蠣のスペシャリスト集団「牡蠣食う研」もエキニシはしご牡蠣を盛り上げています。
https://kakikuken.com/
「牡蠣はね、疲れにいいのよ」
それが、トミコさんが今回広島を選んでくれた理由だ。牡蠣は「海のミルク」と呼ばれる完全栄養食だ。肝臓の機能を高め、疲労回復を助け、筋肉や脳の働きを活発にするといわれるグリコーゲンは豊富だし、鉄や銅などのミネラルは、貧血予防に良いとされる。よく栄養ドリンクに配合されているタウリンも忘れてはいけない。スタミナ増強、疲労回復、眼の疲れや、視力の衰えを回復する効果もあるらしい。以上、すべてはトミコさんの受け売りだ。そして、そのためだけに広島まで一杯飲みに行こう、というのがトミコさんのスタイルだ。初めて広島で〝はしご牡蠣〟なるものを堪能したのは3年前のことだった。トミコさんと仕事で広島に来た時の打ち上げで、文字通り、はしごした。何軒目だったか食べた牡蠣の数を思い出しながら「牡蠣って漢字、書ける?」とトミコさんに言われ、コースターの裏に間違った文字を書いたものだ。「あれは笑ったねえ」トミコさんが思い出し笑いをする。その頃はまだ新しかったはしご牡蠣の提灯も、すっかり年季が入っていた。あの頃と違うことは、街にテイクアウトの張り紙が増えたこと、お休みのお知らせが所々に貼ってあることくらいで、今日もあの頃と同様に、若い世代の店主たちが互いに元気よく挨拶をし、開店準備を進めていた。路地の奥に行くほどに、期待は高まってくる。
牡蠣の生産量No.1の広島県には、牡蠣愛を育成すべく牡蠣と言う単語を100回近く書ける漢字ドリル、書き取り帳ならぬ「牡蠣とり帳」が存在します。県内の公立図書館で閲覧できるそうなので、牡蠣好きはぜひ足を伸ばしてみては?
「これが仕事の山だと思うと、ゾクゾクするわよね」
目の前のお好み焼は、締め切り間際のやることリストのような山盛りの牡蠣が乗っている。1軒目「広島赤焼き えん」 名物・マシマシ牡蠣だ。そして、トミコさんは仕事好きでおなじみの名物編集長だ。ソースに混じって潮の香りとほんのりバターが堪らない。トミコさんと夜の開幕を祝うようにビールで乾杯、アツアツを頬張る。最初っからお好み焼だなんて締め的なメニューを頼むところがまたトミコさんらしい。「お酒を美味しく飲むために、胃をコーティングするのよ」それが彼女の流儀だ。加えて、ブランド牡蠣である「かき小町」の蒸し焼きを殻付きでいただく。火が通り、身が硬くならないギリギリのタイミングを見極める眼差しも味わい深く、焼き立てをいただくと、牡蠣の旨味に溺れそうになった。「対面が鉄板焼きの良さですからねえ!」店主が磨くピカピカの鉄板も、壁一面の日本酒の瓶も二人の久々の対面を祝福してくれているかのようだった。
「広島赤焼き えん」はマシマシ牡蠣のほかにブランド鶏の赤鶏をコチュジャンが秘密の特製の旨辛赤だれで焼いた赤焼が名物。瀬戸田レモンハイや広島の酒蔵のラインナップが嬉しい日本酒と一緒にいただきながら、迫力たっぷりの鉄板パフォーマンスを楽しみましょう!
2軒目はこの辺りでは珍しく生牡蠣がいただけるOyster & Smoked BAR SANGOへ。広島の牡蠣料理は加熱されたものが多いので、エキニシにおいて生牡蠣を食べられるお店は珍しい。「生牡蠣は飲み物よ」と、トミコさんは一人で生牡蠣の食べ比べを始めた。お酒で勢いのついたトミコさんの口に、生牡蠣が次々と吸い込まれていく。これだけ美味しそうに食べる人に食べられるなら、牡蠣も冥利に尽きると言うものだろう。広島産の生牡蠣は、安芸津の真牡蠣と倉橋島の「かき小町」だ。広島ブランドの「かき小町」は品種改良で生まれた、産卵しない牡蠣だ。そのため痩せることなく栄養を蓄えるので大粒、肉厚、プリプリなのだそう。「私みたいでしょ?」トミコさんは言う。満ち満ちたエネルギーで、人をうっとりさせるところがそっくりだと思う。以前は、スコットランド人がそうするようにスモークの効いたスコッチウイスキーを垂らしてペロッとやっていたが、今日は「酔い覚ましよ」と言ってスパークリングを飲んでいる。トミコさんに合わせ、ますます牡蠣のすすむ「酔い覚まし」を私ももらった。
お店に入ると燻製の良い薫りが漂うOyster & Smoked BAR SANGO。おすすめの燻製各種に加えて燻製のオイル漬け、牡蠣のグラタン、牡蠣のアヒージョ、牡蠣入り広島名物ウニホーレンなど思わずワインがグイグイ進む牡蠣ラインナップが女子に嬉しい!
唐辛子に含まれるカプサイシンは、発汗作用があり美容にいいと言われている。それを信じ、昔はよく一緒に韓国まで汗をかきに行っていたものだ。はしご牡蠣3軒目は「酒と辛味 のそのそ」だ。ただでさえ非日常感たっぷりの路地裏「エキニシ」において、中国風の提灯、韓国格子はどこにいるのかを、いい意味で分からなくさせてくれる。トミコさんは、広島の中国醸造が作っているクラフトジンで口をさっぱりさせてからは「デザートよ」と言って泡状にした蜂蜜とレモンを乗せたブルーレモンサワーを飲んで、牡蠣の塩麹漬けを楽しんでいた。食欲旺盛な私は、これまた倉橋島産のカキフライをいただく。柔らかくて、ジューシーで、広島名産のレモンを使ったドリンクとよく合う。トミコさんはよく大変なことがあると「カラいもツラいも美容の味方。人生のスパイスよ」と言っては辛いものを食べに連れて行ってくれた。青いデザートを煽り、牡蠣の塩麹漬けをおかわりしては名言じみたことを発するトミコさんをみて、ルイ11世やナポレオン1世など、歴史に名を残した人物も牡蠣を好んだと言われていることを思い出した。
シビれる辛さの旨みを堪能できる料理とクラフトジンがずらっと並ぶ「酒と辛味 のそのそ」はカウンターでお一人様から気軽に楽しめます。100種類はあると言う最近人気のジンは色々な料理に合うからたくさん試してみて!
3軒回ってたっぷり労ってもらって、駅近のホテルに徒歩で向かう。とにかくたくさん笑った。久々に笑った。エキニシを照らす提灯のキモ可愛いキャラクターも笑っている。
ハハハハ
ハハハハハ
ハが4つと5つで〝ハシゴ〟らしいが、前に来たときはハの字が増えて目の前をぐるぐる回っていた。「ナツ、今日は付き合ってくれてありがとね」お礼を言いたいのはこっちの方だ。トミコさんだって人と現場が大好きだし、立場もあって大変なはずなのに。「牡蠣にはね、『福をかきこむ』っていう語呂もあってね、縁起が良いって言われてるのよ。こーれだけかきこんだんだから、きっと福しか待ってないわね。上、向いて歩こう」
エキニシの路地裏に灯る明かりの下、それぞれの幸福を祈るように、人々が福をかきこんでいる。飲んだくれた後に肩を組んで歩くのがお決まりのパターン。でも、いつもより私の足取りは確かだ。私に、真っ直ぐな歩き方と千鳥足を教えてくれた人が、提灯の牡蠣のキャラクターのように穏やかな顔で笑っていた。