夕呉クルーズ

「日常へと続く非日常」
大人女子の呉歩き旅。

アヤ(33)は、ドライフラワーと雑貨を扱う小さなお店のオーナー。対面の接客ができない期間を経て「とにかく圧倒的なものに、実際に触れたい」と思い立ち、近所でインテリアショップのスタッフをしているサナ(35)に想いを伝えたところ意気投合、戦争の歴史を今に伝える建造物や資料と、瀬戸内の穏やかさ、レトロな街並みが同居する呉へ向かうことになった。

広島駅から快速で32分。
圧倒的リアルに触れにいく。

趣味、一人旅。有名な観光地はもう大抵行きつくした。最大限の興味にしたがって、知識は最低限に留めていく。そのルールは「特別な体験」へのフットワークを軽くし、いつも同じ店に立つ自分の視野をぐんと広げてくれる。日常のくらしが見直されるようになり、皮肉にも雑貨やインテリア業界は以前より盛況だ。そんな中、対面が減りオンラインが増えた経験は、圧倒的な存在にリアルで触れたいという強い欲求をもたらした。その時に、呉を思い立ち同業種のサナさんに声をかけた。

POINT!

アクセス方法が多彩な呉は、向かう行程も一つの思い出になります。海沿いを走るJR呉線はもちろん、広島港からスーパージェットやフェリーに乗ってくることも。車では、市内から有料道路で約20分、バスでは45分程度なので、必ず旅程には入れたいところ!

映画や漫画でしか
観たことのない世界の質感。

呉駅から歩いて5分。大和ミュージアムの前に現れたのは戦艦「陸奥」の主砲身と「てつのくじら館」の愛称の潜水艦。検索やガイドブックの写真では伝わらない大きさと質感。大和ミュージアムでは映画や歴史の教科書で見聞きしてきた戦艦大和の1/10サイズ、本物の零戦、特攻兵器「回天」を見た。映画や小説、漫画でしか知らなかった歴史が説得力を持って迫ってくる。てつのくじら館の中は実際の艦内を見学することができたが、中は思った以上に狭い。3段ベッドに寝てみれば目の前が上段。寝返りも打てそうにない。わたしにとっての非日常が乗員の方にとっては日常なのだ。家から出られなかったことくらい、なんでもない。そう思えた。

POINT!

てつのくじら館では、海上自衛隊の活動をOBのボランティアガイドさんが丁寧に説明してくれることもあり、予備知識がなくても楽しめます。また、隣接された戦艦大和をイメージした公園では、港を眺めながらのんびりと散策をすることができます。

金曜は、カレー曜日。

感慨に耽ってもお腹は減る。テラス席から潜水艦を眺めながら、呉名物の呉海自カレーを味わえるという港町珈琲店にタクシーで向かった。カレーを待つ間、呉海自カレーについて書かれたランチマットを読む。
・毎週金曜日の昼食時カレーを食べる習慣があること。
・長く航海をしている隊員が曜日感覚を忘れないようにするため、と言う説もあること。
・艦艇ごとにその数だけレシピが存在し、各店舗で忠実に再現されていること。など。
てつのくじらの中で艦内を体験した後に目の前の潜水艦を眺め、思いをはせながら潜水艦「くろしお」と同じレシピを食べる。ベランダどころか水の上にさえ出られない乗員さんにとって、食事は最大の楽しみの一つだと思うとコクは増す。コラーゲンたっぷりの牛すじも、「美容のため」というよりは「滋養」として体に入ってくるようだ。おうち時間に一人マフィンを作っては、友達とのお茶会ができないことに落ち込んだりしていた自分を、少し反省した。

港町珈琲店 海軍カレー
〒737-0027 広島県呉市昭和町6-17 2F ※火曜日定休
TEL 0823-27-6855
URL https://kure-kaijicurry.com/shop/shop17/

レトロな街が、
東京ではしない話をさせる。

なにも知らなければただのレトロなレンガ街の散策も、昔軍需品を作っていた工場で、近くで戦艦大和が極秘に造られていたことを思うと、平和のありがたみを踏みしめている気になってくる。場の空気がそうさせるのか、普段では目がいかないような公園の石碑の歌に、二人して足を止めた。
「従軍する人を送る陽炎に心許すな草枕 子規」
すぐに検索、となるはずの手が止まり、意味を考え二人で話しあってみる。東京では、こんな話はしないだろう。

POINT!

国内で唯一、現役の潜水艦を間近で見ることができる公園「アレイからすこじま」は、「からすこじま」(大正時代に魚雷発射訓練場として埋立)という小島の名称と、英語の小道(アレイ)が由来。美しい夕日を見ることもできる名所でもあります。

今に響く、47秒のラッパ。

夕暮れが近づき、駅近くの桟橋ターミナルにタクシーで戻る。日の入りの時刻、合図と共にラッパで吹奏される君が代を聞く「夕呉クルーズ」に参加するためだ。造船所の大型船、海上自衛隊の艦艇、潜水艦などを、間近で眺めることができる。
行きに手に入れたクルーズのチラシは艦艇の装備などの専門用語だらけで、正直ほぼ理解できなかったが、船上では海上自衛隊OBのガイドさんによるユーモアと熱量あふれる解説が、儀式への気持ちを高めた。
時間がくる。夕暮れに号令が響き、旗が下される。繰り返されてきた、毎日の47秒。過去から響いてくるようなラッパは、随分と長く感じられた。その瞬間は、ユーモア溢れる饒舌なガイドさんも押し黙っていた。ライトアップされた艦艇を再び眺めながら帰港する際、こんな話を聞いた。「海上自衛官は、家に帰る、という表現は使わないんです。『家に行く。船に戻る』と言います」なにかがあった際、向かうのは家族のもとではない。普段何気なく過ごしてきた日の入り、明日からはこの瞬間を、私たちの日常が彼らに支えられていることを、きっと毎日思い出すだろう。

POINT!

呉のクルーズは1日の最終便だけ「特別便」として「夕呉(ゆうくれ)クルーズ」として運航しています。曇りや雨の際もライトアップが際立つなど、季節や天気によって魅力を変えるそうなので、ぜひ何度も足を運んでみては。

初めて出会った、
昔からのお母さん。

帰港して、今日感じたことをサナさんと話しながら「赤ちょうちん通り」に向かう。ただでさえ飲食店が大変な今、果たして屋台は出ているのかを気にしながら。18時少し前に到着すると何軒かの明かりが見えて安心した。そのうちの一軒、大鍋狭しとおでんの具が肩を寄せ合うお店に入った。
「『こうやって、こうやって』って簡単にいうけど、そんな簡単にできんよ!」
娘さんとお母さんだろうか。お母さんが太い豚足を手際よく切っている。開店準備を眺めながら席につき、瓶ビールとおでん何品かをお願いする。夫婦でやっているお店。ずっと休んでいたが、娘さんが継いでくれることになったので久々に開けたとのことだった。
「こんな状況なのに、どうして再開しようと思ったのですか?」
つい、東京の行きつけの居酒屋さんの大変な状況を重ねて聞いてしまった。
するとお母さんは、笑いながら大きな声でこう言った。「そんなの!閉めたら首つらにゃならん!この裏の公園、いい枝がなかったんよ!」
初めて会ったのに、母に教わるくらいたくさんのことを、一瞬で教わった気がした。屋台を開けて44-45年。大きな怪我や手術などされても、ずっと続けてきたそうだ。後を継ぐことを決めた娘さんは言う。
「わたしも、屋台に大きくしてもらったから」
屋台は世襲制らしい。途切れたらもう、そこでおしまい。
絶えずお母さんを慕ってくる常連さんが遠方にもいるから、とも言っていた。話を聞く間も、持ち帰りを待つ常連さんや一杯飲みにくる常連さんが入れ替わり立ち替わり談笑をしていた。おでんを一口食べる。辛子をつけてもいないのに、鼻の奥にツンと来た。

POINT!

呉駅から川沿いに10分ほど歩いた蔵本通りに「赤ちょうちん通り」はあります。ラーメン、お好み焼、おでん、炭火焼きなど広島らしい名物が並び、週末を中心に遠方からの常連さんでも賑わいます。

わたしがこの旅で、呉で出会いたかったものの正体が分かった気がした。
それは、「変わらずに、そこにあるものがくれる安心感」だったのではないか。
海上自衛隊OBのガイドさんも、お母さんも、人生の大先輩たちはきっと、時代時代でたくさんの大変なことと直面してきたはずだ。けれども、今日も自分の歴史を淡々と生きている。わたしが生まれるずっと前からカレーは金曜に作られ、47秒のラッパは響き、お母さんは屋台に立ち続けてきたのだ。
ていねいな暮らし、なんて最近よく言うけれど、本当の「ていねい」ってこう言うことなんじゃないか。自分の持ち場で、自分ができることを、ただ淡々と続けること。
翌日帰りのホームで、港側を眺めながら心の中で敬礼をした。今日も持ち場に立ち続ける人生の大先輩たちと、わたしの歴史に関わってきたすべての人に対して。「ありがとうございました」呉を舞台にした映画の主題歌をふと思い出した。悲しくて、悲しくて、やりきれなくなってる場合じゃない。歴史に打ちのめされそうな自分を、情けなく思ってる場合じゃない。わたしはこの世界の片隅の、わたしの持ち場でできることをし続けるまでだ。ホームに、発車を告げる戦艦大和のメロディが流れた。さあ、常連さんたちが待っている日常へ戻ろう。

ツアーの詳細 / お問い合わせ先

問い合わせ先
有限会社バンカー・サプライ
住所
〒737-0029 呉市宝町4-44 呉中央桟橋ターミナル1階フロア
TEL
082-251-4354
営業時間
日の入り15 分前
定休日
毎週火曜日
対象年齢
なし
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