SETOUCHIテロワールを
五感で感じる
「歳月が醸す非日常」
ワイナリーで物語を味わう女子旅。
「歳月が醸す非日常」
ワイナリーで物語を味わう女子旅。
「蒸留所、圧巻でしたね。私はクラフトジンに酔ってきましたけど、ソラさんが好きなワイナリーもあるみたいですよ。広島」
旅企画のアンケートの時だった。いい意味で若さを感じさせない、気の合う雑誌編集者がそう言っていた。食育プロデューサーである私は、全国の生産現場に足を運び、生産者さんの話を聞くことがライフワークだ。そして取材先に土地のお酒、特にワイナリーがある際には必ず立ち寄るようにしている。
久々の休み。娘からは「旅行でも行ってくれば」と言われた。彼氏と予定がある時の決まり文句だ。飲み仲間でもある旦那はゴルフだし、一人というのも仕事っぽくなってしまうし。どうしようかと考えた末、雑誌の読者コミュニティに一緒に所属しているヒカルに声をかけた。
「ヒカル、歴史とアート好きだったよね?」ヒカルは同い年の友人だ。
お互い子育てがひと段落しているもの同士、心身をリフレッシュし、お互いの感性を磨ける場所に行こうと誘った。私はワイン。彼女は歴史。
調べてみるととても興味深い行き先が見つかった。そうして私たちは、女二人で広島の三原と竹原に行くことにした。
羽田から1時間半。「広島空港」に到着する。東京から広島へは、新幹線でも飛行機でも行けますよ、と聞いていた。今回の行程には、飛行機が良かった。
空港に到着し、レンタカーを借りる。今回ヒカルは運転手だ。その代わり、プランの一切は私に任されている。シラフでも、食事を美味しく健やかに平らげ、お酒の場やイベントを楽しんでくれるのがヒカルのいいところだ。 緑に囲まれた道を行く。事前に調べていたら空港近辺にも、楽しそうな施設が充実しているらしい。
森の中の都市型庭園リゾート、壮大なスケールの「フォレストヒルズガーデン」、四季折々の花木の美しさで訪れる人を魅了する「三景園」。森を走る変化に富んだコースで爽快なサイクリングが楽しめる「中央森林公園」、アメリカンスタイルの「フォレストヒルズ ゴルフ&リゾート」…
一人で来ても、小さい子がいる家族が来ても良さそうだ。色々な友人たちの顔が浮かぶ。私たちの世代には色々な人がいる。それが楽しい。
「寄り道ルートだよね?」ヒカルが言う。「1箇所、見せたい場所があるんだ」と応える。山のふもとに瓦屋根が点在する昔ながらののどかな風景の中、耳に聞こえるのは貨物列車が走る音と飛行機の音。それと、山野の静寂だ。
そこに突然聳え立つ建造物が現れる。写真では見ていたけれど、リアルな「それ」は圧巻だった。
広島空港大橋。
沼田川渓谷を跨ぐ、橋長800メートル、アーチ支間長が380メートルある日本一のアーチ橋だ。2011年4月20日に開通し、地元三原市では誇りと愛着を持って「広島スカイアーチ」の愛称でも親しまれているそうだ。
「日本一だよ。景気がいいでしょ!」
私たちの旅の助走をつけるつもりで選んだプラン。ヒカルもはしゃいでくれていて良かった。
広島空港前を基点とした「体験型の食のテーマパーク」で、地元・広島の食材を使ったお食事やお土産、サプライズな体験が楽しめる施設です。
2020年12月には カフェ+工場の一体型施設「天空カフェ&ファクトリー」もオープン。飛行機が見える高台からの景色を眺めながらカフェで一息入れるもよし、パン作りやピザ作り体験を家族で楽しむもよし、ミニチュアポニーやアスレチック、フォトスポットなどたくさんの見どころをゆっくり楽しむもよし!と魅力は盛りだくさん。
ご当地商品など豊富なお土産はもちろん、テイクアウト、手持ちスイーツも充実。空港利用の際には、行きも帰りもプランに入れてみては!
〒729-0416 三原市本郷町善入寺用倉山10064-190
https://hattendo-village.jp/
テロワール、という言葉がある。
フランス語の「terre(土地)」から派生した言葉で、ブドウの生育地の土壌、地勢、気候、人的要因などの特徴を説明する場合などに用いられる。ブドウは、どんな場所に植わっているかがはっきりと個性として現れ「どんな果樹よりも土地の個性を反映しやすい」と言われている。
仕事柄、生産者さんや土地の「物語」が丸ごと反映されるワインというお酒が好きなのだ。今回の旅の目的地である「瀬戸内醸造所」は、そんな私にうってつけの場所だと思っていた。
道中、瀬戸内醸造所のすぐ近くで展望台からの眺めは瀬戸内海随一と言われる筆影山に立ち寄った。点在する大小の島々の美しさ「多島美」を堪能しながら深呼吸する。瀬戸内を丸ごと味わう物語の始まりには、ふさわしい風景だった。
筆影山から降り、海沿いの道を走っていくと風景の中に急に美しい建築物が現れた。
約2900平方メートルという敷地に、焼き杉を基調にした黒の平屋。隣には見学可能な醸造所と、地元素材を使ったメニューを提供するレストラン。挟まれたエントランスが、景色を絵のように切り取っている。
代表の太田さんが出迎えてくださった。太田さんは三原市出身。若い頃から地域ブランドの支援をしてきたが、祖父の「町のためになることをやれ」という遺言を守るため、また「次の世代に継承するために瀬戸内の情景、食文化を世界に発信したい」という想いを叶えるため、この瀬戸内醸造所を設立したそうだ。
物語を知ってからの方が体験の味わいが変わる。設立者の持つ物語。動機、信念といってもいいそれを、私は何より尊重している。
「SETOUCHIを旅するワイン、 SETOUCHIを旅するワイナリー」
「瀬戸内醸造所は瀬戸内の葡萄や作り手のこだわりだけを味わうワインはつくりません。ワインだけを売るワイナリーでもありません」
掲げられた想いの真意を、来て、直接知りたかった。それは、瀬戸内にしかない自然、風土、文化、人々の営み…土地に脈々と刻まれ、培われてきた瀬戸内固有の食にまつわる物語「SETOUCHIテロワール」を表現するものを作る、という信念だった。そのための「プロジェクト」が瀬戸内醸造所なのだ。
「素晴らしい想いと、そこに紐づいたスタイリッシュな建築、細部にまでこだわりを感じるデザインがいたるところに見られますね」と伝えた時に、返ってきた言葉が印象的だった。
「伊達だね、って言われたいんです」
伊達とはもともと「男立て」のように「男を立てる」こと、意気を示して男らしく見せようとすることを言ったそうで、かっこいいところを見せようしている様子を指すが、うわべだけで実際には中身が伴っていないことも含まれていたりする。
しかし、このプロジェクトはそうではなかった。
瀬戸内地域の食文化の継承のためには、地域に産業や雇用が生み出されること。そのためには「伊達である」こと。
ブドウを始めとした食材の生産者さん、醸造家さんが「かっこいいお店で使われている!」と思えれば、跡を継ぎたいと思ってもらえる。だから、育ててもらった苗木を全部買い取ったり、農家さんの名前で売り出す計画を立てたりと「中身」の充実を図る。その行動と志こそが伊達なのだ。
料理や運営に携わるスタッフさんもそうだろう。新しい担い手を育て、繋いでいくためにはやはり「伊達である」ことは、特にワインのような嗜好品、色気のあるお酒を生み出す場所にはそうあってほしい。一ファンとしてそう思う。
太田さんの掲げた想いに、フランスで修行をした醸造の創立メンバーでもある役員や、瀬戸内出身で東京にもお店を構えるオーナーシェフ、物語を重んじる建築家、デザイナー、ランドスケープデザイナーまで一流の面々が集ったのにも納得がいった。
手に取った一本のワインを見せて、太田さんが私たちに聞いた。
「このエチケットのフォント、どこかで見たことありませんか?」
ヒカルが答える。「新聞、ですか?」
正解だった。普通は裏面にある情報がオモテ面にびっしりと、しかも縦書きで記されている。「これは新聞明朝と言います。瀬戸内からの“便り”なんです」
瀬戸内海の単一の産地と品種のみで作られた「Hare series」は、瀬戸内は晴天が多いことと、「ハレの日」に選ばれる商品になるように、という願いがこめられたものだそう。
瀬戸内海の情景をワインで表現する「Umi series」は産地、品種にとらわれず、瀬戸内の風景の代名詞“海”の表情で、ワインの味わいを物語るシリーズ。海の色、潮の香り、風の肌触り、陽の暖かさなど、季節によって表情を変える瀬戸内海の情景が、表現されたワイン、とのこと。
デザインの話を聞いて改めてボトルを眺めると、それぞれが一斉にハッピーなニュースを語りかけてくるように思えた。
「『Ringo series』もおすすめですよ。特にこの『徳佐シードル』はリンゴの皮のほろ苦さまで味わいになっていて、クラフトビール好きにも愛されるドライなシードルです」
ああ、ここにあるもの全部連れて帰りたい!
「この便りを受け取った人に、最終的には瀬戸内に行きたいと思ってもらいたいんです」可愛いロゴマーク自体も瀬戸内の地図を模しているそうだ。
「話を聞いていたら、待ちきれなくなりました(笑)」
私たちは実際「便り」を味わうために、レストランへ移動した。実際に飲んだら、本当にぜんぶ連れて帰ることになってしまうかもしれない。
エントランスから、庭越しの「多島美」を眺めながらレストランへ向かう。
海沿いの造船所の跡地に建つ瀬戸内醸造所は、瀬戸内海の多島を箱庭に見立て、島巡りを想起しながら回遊できるように、とデザインされているそうだ。「経年で育てていく」ために、スタッフの方は庭のお手入れについてのレクチャーも受けているのだとか。
漆喰に藍染のカウンター、椅子のファブリックも室内と屋外で微妙に色を変えている。それら全てが地元の作り手との関係性から生み出されていると聞いたのも相まって、レストランへの短いアプローチでさえ前菜のように思えた。
レストランの名前「mio」のコンセプトは「ワインにあうSETOUCHI料理」。
mioは「澪」=船が通った航跡という意味があり、行き交う船を眺めながら食事を楽しむことができる。瀬戸内の食材とフレンチをベースに、和、イタリアン、メキシカン…さまざまな要素と瀬戸内の地元食材による「新しい郷土料理」をナチュラルに味わうことができる。
メニューには、1年を24の季節に分け、美しい名前がつけられた二十四節気とあいさつの言葉が記されている。食材にも、そしてそれを彩る風景においても、四季を重んじていることが伺える。
私はワインを、そしてヒカルはmioオリジナル葡萄ジュースを注文した。葡萄ジュースに紅茶を漬け込んでタンニンを出し、よりワインに近づけた飲み物、とのことだ。
程なく、特注であろう檜の器に美しく盛られた八寸が登場した。その時に採れる食材を使った季節の盛り合わせ。烏賊や太刀魚といった海の幸から、むかごや十六ささげといった山の幸まで。素材が生きている繊細な味わいだが、手間暇をかけた丁寧さを感じる。器は、レストラン内の家具同様に三原で家具作りをする兄弟のオリジナル作品であることが、さらに味わいを深いものにしてくれた。
続いて温菜、メインへ。竹原芸南漁協から届く地の魚のフリットに三原の名産でもあるタコのコンフィ。柔なく噛むたびに味わいが溢れ、ほんのりと薫る炭の香りがグラスをさらに傾けさせる。
聞けば、野菜や魚介を中心とした身体にやさしい料理はフードマイレージの観点から、輸入や国内遠方のブランド食材などは用意せず近隣を中心に仕入れ、規格外や市場での値が付きづらい食材も活用しているとのこと。エシカルでサステナブルな思想がお皿と料理の間にしっかりあるように感じた。そう、人ははるばる遠方まで思想を味わいに来たいのだ。
地元では当たり前の食材を使用しているからだろう。「地元の方に『なんだ、こんな普段食べてるもの』と、がっかりされたこともあるんです」しかし、こう続く。
「でも、またすぐにお友達を連れていらして下さいました」
土地のものが持つ新たな可能性を、地元の方も認められたのだろう。教えてくれたスタッフさんの顔は、静かに笑ってらした。その笑顔で、さらにワインが進む。
mioの特徴としては、ワインは会話を楽しむお酒である、という観点もあってパンやライスの提供をしていない。代わりに自家製手打ち麺のラーメンが締めに用意されている。「全員酒飲みの発想なんです」とは聞いていたが、あまりの徹底ぶりに楽しくなってしまった。醤油ベースも鶏ガラベースも、玉ねぎや野菜の甘みがしっかりと感じられた。地元のお好み焼のそばやうどんといった麺文化からも親和性が高いと考えられている点も、地元への敬意と愛を感じて「ワインにあうSETOUCHI料理」に胃の周りまであたたかくなった。
外の風景と一緒に地域の魅力のストーリーテラーによる物語を存分に堪能したのち、デザートは三原産葡萄の白ワインジュレのテリーヌを温かい飲み物と一緒にいただいた。
室内から、目の前の海を眺める。瀬戸内醸造所がこうやって生み出していくmioは、ずっとずっと続いていくのだろうと思いながら船を眺め、光る波に目を細めた。kinpa(金波)、momoenami(百重波)と波を表す美しい日本語で名付けられた、ワインの余韻に浸りながら。
瀬戸内のテロワールを実際に味わった後は、スタッフさんの案内で2021年8月より稼働し始めたワイナリーを見学させてもらった。
施設内に入ると、醸造家の方が新しい機械と一緒にお出迎えをしてくれた。基本的な製造工程に加え、飲み方、熟成、飲み頃など一方的な説明ではなく、会話しながらお伝えしてくださるスタイルだ。
ワイナリーはまさに瓶内二次発酵のための準備を行っていた。実は元々バーで働いていたこともある私。デゴルジュマン、ルミュアージュ、ドサージュ…その頃覚えたワイン醸造用語が、それこそ栓を開けるように溢れ出て楽しかった。
「SETOUCHIを旅するワイン、 SETOUCHIを旅するワイナリー」というテーマのもと、作りたいものに合わせて、求める味に対して、自由度の高いチャレンジができることがここでの魅力だ、と醸造家さんは語ってくれた。飲む楽しみを探しにいくように、原料を取ってこられること、どこの原料だったら表現できるかを考えられること。瀬戸内という制限の中に、無限の可能性を感じていることを語ってくれた。
なんでも、代表の太田さんが瀬戸内海のしまなみ海道の多島を自転車で走っている時に「この島の一つ一つにワインがあったら…!」と思いついたそうだ。その想いに応えるワインづくりをしたい、と毎朝の味の分析も欠かさないそうで、その細やかさが味に反映されている、と評判は上々のようだ。
どの話からも、作り手の愛と謙虚な矜持を感じたが、印象的な話を一つ。
「ワインづくりは年に1度しかチャンスがない。人生で40回だとすると、あと15回しか作れない。そう決めつけていたんですね。でも、5年前オーストラリアに研修に行った時のこと。夏の時期でした。その時北半球の若い子がワイン作りを手伝いに来ていたんです。彼らは1年の間、北と南を行き来するから2倍の80回作ることができるんだ、と言っていて、その発想の柔らかさに驚きました。その時思ったんです。できるだけ柔軟に、こうと決めつけず、ワイン作りに挑戦していきたいと」
まさに、旅をするワイナリーにふさわしい、ブドウの翻訳者だと思った。
「ありがとうございます」醸造家さんと、ワイナリーと、瓶に詰められたばかりのこれから発酵するワインとにお礼を伝え、瀬戸内醸造所をあとにする。
「一つのアート作品、インスタレーションのようだったね」アートにも造詣の深いヒカルが言う。私もその意味を体感していた。インスタレーションの語源はインストール。直訳だと「設置」だが、体験をすべて堪能した今思うことは、テロワール、思想すべてが私にインストールされ血肉になっていくような感覚を覚えた。「未来のぜんぶが、楽しみになったね」飲んでないヒカルも高揚していた。私たちも、まだまだ挑戦できるはずだ。
国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定された、広島県竹原市の町並み保存地区にある「SETOUCHIを旅するワイナリー」の直売所です。瀬戸内醸造所の本社も兼ねるこの場所は、竹原を象徴する古民家の木軸フレームと螺旋状に積層したレンガによって、この町が継承してきた歴史と醸造が指し示す未来の物語、風景が重なり合う場所を目指しデザインされました。螺旋状に積み重なったレンガは、展示台、カウンター作業台と様々に機能を変えながら、訪れる人の新しい出会いと交流を生み出します。
〒725-0022 竹原市本町3-10-37
https://setouchijozojo.jp/locations/shop/
呉線の線路を間近に見ながら海沿いを、今日の宿泊地である竹原へと向かう。左手に見える瀬戸内海や造船所が、来た時とは全く違った風景に見える。二人して黙ったまま、自分自身を育んできた環境と歳月にまで想いを馳せていた。
竹原に到着する頃には、日もすっかり傾いていた。夕暮れ時の静かな「竹原町並み保存地区」を散策する。温故知新、とういう言葉がよく似合う、伝統と文化を感じる町並みに、来客をもてなすために飾られた一輪挿しの存在があたたかい。
「塩造り、酒造りで栄えた「安芸の小京都」竹原にはね、創業150年を超える3つの老舗酒蔵があるんだよ。日本のウイスキーの父とされる竹鶴政孝氏の生家や酒蔵の一角を改造した酒蔵交流館なんかもあるんだって」歴史に詳しいヒカルが、お酒を飲まないのに教えてくれる。
酒蔵はもう閉まっている。「着物も着れるらしいね。お猪口を持って歩きたいな」と返す。
瀬戸内テロワールと竹原の町。今日出会った二つの大きな広島の魅力のように、歳月を味方につけられたら、と思っていた。
私は、あと何回違う私を楽しめるだろう。
醸造家さんの言葉を思い出した。ワインで柔軟になった頭が、石畳を歩く足取りを軽くさせた。
各地の歴史的建造物をホテルとしてリノベーションし、その土地の歴史や文化を体験できる複合宿泊施設として再生する取り組みの一環として2019年8月にオープンしました。「その町に暮らすように泊まる」 がコンセプトの分散型ホテルで、フロントとレストランがある HOTEL棟と、宿泊棟であるMOSO棟、KIKKO棟が保存地区内に点在しています。
〒725-0022 竹原市本町1-4-16
https://www.nipponia-takehara.com/