原爆で焼け野原となり姿を消した材木町をしのぶ碑

建立年月日 昭和32年(1957年)8月6日
材木町は、かつて市内の繁華街・歓楽街の中心として栄えた中島地区の一角で、町名のとおり藩政時代には材木問屋が集まり、川沿いでは材木の集散が行われていました。ゆったりとした住宅街には、広島で一、二を争うほど大きかった誓願寺をはじめ、歴史の古い寺が建ち並び、妙法寺のかさもりさん、安楽院の子安観音など市民に親しまれて、のどかな下町情緒を漂わせていました。しかし、爆心地からわずか500m、一瞬にして町は壊滅しました。住民はもちろん、隣接する町とともに建物疎開地域に指定されていたため、作業に動員されていた中学生や女学生も多数犠牲となり、無残な姿で死んでいきました。焼け野原と化した町は、戦後、平和記念公園となったため、その姿を消しました。

INFORMATION

営業時間
年中無休
住所
730-0811広島県広島市中区中島町1(平和記念資料館東館北)

ACCESS

730-0811 
広島県広島市中区中島町1(平和記念資料館東館北)

広島駅から広島電鉄電車(路面電車)「原爆ドーム前」下車 平和記念公園内 平和記念資料館(東館)北側

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