World Heritage Inscription Since 1996
原爆ドーム・嚴島神社 世界遺産登録30周年

原爆ドーム・嚴島神社 世界遺産登録30周年

World Heritage Inscription Since 1996

2026年12月、
原爆ドームと嚴島神社は、
世界遺産登録30周年を迎えます。

平和への祈りをつないできた原爆ドーム、
日々の暮らしへの祈りをつないできた嚴島神社。

広島には人を想う祈りの心が
宿りつづけています。
このかけがえのない2つの遺産を、
これからも一人ひとりが大切に守りながら
ずっと未来へとつないでいきます。

World Heritage Inscription

Since

1996

原爆ドーム Atomic Bomb Dome

1945年8月6日に投下された原子爆弾の惨禍を伝える世界遺産。
時代を超えて、核兵器廃絶と世界恒久平和を求める「誓いのシンボル」となっています。

嚴島神社 Itsukushima Shrine

神の島として崇められている、嚴島。
神殿の前に佇む朱の大鳥居は潮の満ち引きによって刻々と表情を変えます。その神秘的な姿は歳月を超え、人々を魅了しています。

Movie

イベント情報

周辺の観光施設情報

世界遺産登録30周年記念事業実行委員会
  • 広島市
    廿日市市
  • 文化庁

原爆ドーム Atomic Bomb Dome

国境を越えた
人類の遺産。
平和への祈りを、
世界へつなぐ。

原爆ドームは、1945年8月6日に人類史上初めて使用された核兵器により被爆した建物です。
爆心地から約160メートルという至近距離で被爆しながらも、当時の姿をとどめるむき出しの鉄骨と壁は80有余年の時を超えて核兵器の惨禍を伝え、核兵器廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴え続ける、「人類共通の平和記念碑」となっています。
1993年6月、市民団体からなる「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」が結成され、原爆ドームの世界遺産化を求める国会請願のための署名活動が開始されました。
最終的には165万余りもの署名が集まり、1996年12月、メキシコで開催された世界遺産委員会において、原爆ドームの世界遺産登録が決定しました。

広島の産業・
文化振興を象徴する
街のシンボル。

1915年に広島県内産製品の開発、品質向上、販路拡大の拠点とすることを目的として、チェコ人の建築家ヤン・レツルの設計により「広島県物産陳列館」として完成しました。大胆なヨーロッパ風の建物は街のシンボル的な存在となり、県下の物産品の展示・販売のほか、美術展や博覧会などの文化事業の会場としても親しまれました。その後「広島県立商品陳列所」、「広島県産業奨励館」と改称され、戦争が激しくなった1944年からは官公庁の事務所として使用されていました。

人類史上初の
原子爆弾の惨禍を伝える
歴史の証人。

1945年8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機により人類史上初の原子爆弾が投下され、多くの人々の生命がうばわれました。原子爆弾が建物のほぼ真上で炸裂したため、強烈な爆風と熱線により建物は全焼しましたが、上からの圧力に耐えた中央部のドームの鉄骨と壁の一部が奇跡的に残り、倒壊を免れました。戦後、頂上の円盤鉄骨の形から、いつしか市民の間で原爆ドームと呼ばれるようになりました。

戦後は解体する声もありましたが、市民の声や全国の人たちからの署名が政府を動かし、世界遺産に登録された原爆ドーム。
被爆の物言わぬ証人としてその場に佇みながら、世界中の人たちへ平和への祈りをつないでいます。

嚴島神社 Itsukushima Shrine

瀬戸内に浮かぶ、
神の島。
千四百年の祈りと
絶景を、
未来へつなぐ。

古くから「神をいつきまつる島」として、島そのものが信仰の対象とされ、宮島の自然、文化、歴史は先人によって守り受け継がれてきました。
「嚴島神社」は朱塗りの美しい社殿と、平安時代の寝殿造りの様式を伝える建築美で知られています。
1929年に弥山原始林が国の天然記念物に指定され、1952年には嚴島全体が特別史跡、特別名勝に指定されました。
そして1996年12月、世界遺産として嚴島神社の建物と前面の海、そして背景の弥山原始林を含む431.2ヘクタールが登録されています。

時空を超えて
受け継がれる、
歴史と文化。

「嚴島神社」の歴史は古く、社伝によると宮島に鎮座地を探す際に、佐伯部の有力者であった佐伯鞍職に神勅が下りました。鞍職は大神様が高天原から連れてきた神鴉の先導のもと、御祭神とともに島の浦々を巡り、海水の差し引きする現在地を選び、推古天皇元年(593年)に社殿を創建されたと伝えられています。その後、安芸守となった平清盛が嚴島神社を篤く崇敬し、1168年に寝殿造の様式を取り入れた社殿に修造しました。多くの皇族・貴族が参詣し、都の文化がもたらされました。

島そのものが、神。
太古の息吹が残る
聖なる頂き。

宮島は、太古からその島の姿と、弥山を主峰とする山々、昼なお暗い原始林に覆われた山容に霊気が感じられたことから、周辺の人々の自然崇拝の対象となっていました。神が降り立つと伝わる山頂の磐座からは、瀬戸内海に浮かぶ大小様々な島の景色を見渡すことができます。山・海の自然と嚴島神社が織りなす絶景は、幻想的な雰囲気を醸し出しています。

806年、唐から帰朝した弘法大師空海が宮島を訪れ、島から発する霊気を感じて弥山に御堂を建立しました。百日間の求聞持の修法を行なった際の護摩の火は、広島平和記念公園の「平和の灯」の種火としても使用され、祈りの心がつながっています。