2026年12月、
原爆ドームと嚴島神社は、
世界遺産登録30周年を迎えます。
平和への祈りをつないできた原爆ドーム、
日々の暮らしへの祈りをつないできた嚴島神社。
広島には人を想う祈りの心が
宿りつづけています。
このかけがえのない2つの遺産を、
これからも一人ひとりが大切に守りながら
ずっと未来へとつないでいきます。
World Heritage Inscription
Since
1996
原爆ドーム Atomic Bomb Dome
1945年8月6日に投下された原子爆弾の惨禍を伝える世界遺産。
時代を超えて、核兵器廃絶と世界恒久平和を求める「誓いのシンボル」となっています。
嚴島神社 Itsukushima Shrine
神の島として崇められている、嚴島。
神殿の前に佇む朱の大鳥居は潮の満ち引きによって刻々と表情を変えます。その神秘的な姿は歳月を超え、人々を魅了しています。
Movie
イベント情報
周辺の観光施設情報
原爆ドーム周辺

広島平和記念資料館
被爆者の遺品や当時の惨状を伝える写真、資料などの展示を通じて、核兵器廃絶と恒久平和を訴えています。本館は国の重要文化財に指定されています。

広島城
1589年に毛利輝元が築城開始した歴史ある城で、「鯉城」とも呼ばれています。原爆で倒壊後、1958年に外観復元、当時の威容を現代に伝えています。

おりづるタワー
平和記念公園や原爆ドームが見渡せる屋上展望台をはじめ、1階の物産館では厳選した広島土産を豊富に取り揃えています。

縮景園
四季折々の絶景を楽しめる大名庭園。1620年に築成され、中国山地の山や瀬戸内の風景を庭園内に縮小して見立て、日本の美が凝縮されています。

広島本通商店街
中四国最大のアーケード街。原爆ドームから徒歩圏内に約200店舗が連なり、最近のトレンドショップから老舗の味まで楽しめます。

お好み村
広島風お好み焼きの名店が1棟に約25店舗集結。目の前の鉄板で焼かれる熱々のお好み焼きや、広島名物の牡蠣などの鉄板メニューも充実しています。
嚴島神社周辺

宮島伝統産業会館
宮島に古来から伝わる伝統と歴史を学びがながら体験できる、体験型観光施設。宮島彫体験や杓子づくり体験、もみじ饅頭手焼き体験などが楽しめます。

宮島歴史民俗資料館
江戸時代から明治にかけて栄えた宮島の豪商、江上家の主屋や土蔵の一部を保存修復し、池のある庭園を中心に歴史民俗資料館として公開しています。

宮島水族館 みやじマリン
瀬戸内海国立公園内にある水族館。シンボルであるスナメリをはじめ、瀬戸内海の生きものを中心に380種15,000点以上を展示しています。

大聖院
806年に弘法大師が唐からの帰途、弥山で求聞持の百日修法を修め開創されたと伝えられています。豊臣秀吉は九州へ行く途中宮島に立ち寄り、大聖院で連歌の会を行いました。

大願寺
大願寺の御本尊の嚴島弁財天は日本三大弁財天の1つ。本堂には国の重要文化財である仏像が四体あり、その中の薬師如来坐像は弘法大師の作と伝えられています。

千畳閣&五重塔&多宝塔 他
和様と唐様を巧みに調和させた五重塔の脇を登った先にある豊国神社(千畳閣)は、宮島最大の木造建築。1523年に建立したと伝えられる多宝塔は現在、桜の名所として有名です。
世界遺産登録30周年記念事業公式ロゴマーク
「繋がる」をコンセプトに、原爆ドームと大鳥居を川と海でつなぐことで、30年にわたって築かれてきた平和と歴史への想いを表現しています。水の流れは、過去から未来へ受け継がれる記憶と願いを象徴し、「これからも繋いでいく」というメッセージを込めています。
原爆ドーム Atomic Bomb Dome
人類の遺産。
平和への祈りを、
世界へつなぐ。
原爆ドームは、1945年8月6日に人類史上初めて使用された核兵器により被爆した建物です。
爆心地から約160メートルという至近距離で被爆しながらも、当時の姿をとどめるむき出しの鉄骨と壁は80有余年の時を超えて核兵器の惨禍を伝え、核兵器廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴え続ける、「人類共通の平和記念碑」となっています。
1993年6月、市民団体からなる「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」が結成され、原爆ドームの世界遺産化を求める国会請願のための署名活動が開始されました。
最終的には165万余りもの署名が集まり、1996年12月、メキシコで開催された世界遺産委員会において、原爆ドームの世界遺産登録が決定しました。

文化振興を象徴する
街のシンボル。
1915年に広島県内産製品の開発、品質向上、販路拡大の拠点とすることを目的として、チェコ人の建築家ヤン・レツルの設計により「広島県物産陳列館」として完成しました。大胆なヨーロッパ風の建物は街のシンボル的な存在となり、県下の物産品の展示・販売のほか、美術展や博覧会などの文化事業の会場としても親しまれました。その後「広島県立商品陳列所」、「広島県産業奨励館」と改称され、戦争が激しくなった1944年からは官公庁の事務所として使用されていました。

原子爆弾の惨禍を伝える
歴史の証人。
1945年8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機により人類史上初の原子爆弾が投下され、多くの人々の生命がうばわれました。原子爆弾が建物のほぼ真上で炸裂したため、強烈な爆風と熱線により建物は全焼しましたが、上からの圧力に耐えた中央部のドームの鉄骨と壁の一部が奇跡的に残り、倒壊を免れました。戦後、頂上の円盤鉄骨の形から、いつしか市民の間で原爆ドームと呼ばれるようになりました。
戦後は解体する声もありましたが、市民の声や全国の人たちからの署名が政府を動かし、世界遺産に登録された原爆ドーム。
被爆の物言わぬ証人としてその場に佇みながら、世界中の人たちへ平和への祈りをつないでいます。
嚴島神社 Itsukushima Shrine
神の島。
千四百年の祈りと
絶景を、
未来へつなぐ。
古くから「神をいつきまつる島」として、島そのものが信仰の対象とされ、宮島の自然、文化、歴史は先人によって守り受け継がれてきました。
「嚴島神社」は朱塗りの美しい社殿と、平安時代の寝殿造りの様式を伝える建築美で知られています。
1929年に弥山原始林が国の天然記念物に指定され、1952年には嚴島全体が特別史跡、特別名勝に指定されました。
そして1996年12月、世界遺産として嚴島神社の建物と前面の海、そして背景の弥山原始林を含む431.2ヘクタールが登録されています。

受け継がれる、
歴史と文化。
「嚴島神社」の歴史は古く、社伝によると宮島に鎮座地を探す際に、佐伯部の有力者であった佐伯鞍職に神勅が下りました。鞍職は大神様が高天原から連れてきた神鴉の先導のもと、御祭神とともに島の浦々を巡り、海水の差し引きする現在地を選び、推古天皇元年(593年)に社殿を創建されたと伝えられています。その後、安芸守となった平清盛が嚴島神社を篤く崇敬し、1168年に寝殿造の様式を取り入れた社殿に修造しました。多くの皇族・貴族が参詣し、都の文化がもたらされました。

太古の息吹が残る
聖なる頂き。
宮島は、太古からその島の姿と、弥山を主峰とする山々、昼なお暗い原始林に覆われた山容に霊気が感じられたことから、周辺の人々の自然崇拝の対象となっていました。神が降り立つと伝わる山頂の磐座からは、瀬戸内海に浮かぶ大小様々な島の景色を見渡すことができます。山・海の自然と嚴島神社が織りなす絶景は、幻想的な雰囲気を醸し出しています。
806年、唐から帰朝した弘法大師空海が宮島を訪れ、島から発する霊気を感じて弥山に御堂を建立しました。百日間の求聞持の修法を行なった際の護摩の火は、広島平和記念公園の「平和の灯」の種火としても使用され、祈りの心がつながっています。







